2025年注目のWeb開発技術トレンド5選
HTTP ArchiveのWeb Almanac 2024では、モバイルの中央値で約558KBのJavaScriptが配信されていると報告され、複雑化したフロントエンドの現実が映し出された。¹ 2023年にChromeで一般提供されたWebGPUは² SafariとFirefoxでも実装が進み(SafariはTechnology Previewでの早期テスト、FirefoxはWindows向けに順次出荷)、ブラウザ内推論が実用段階に近づいた。³⁴ クラウド側ではエッジランタイムと分散KVが一般化し、⁵ Next.jsのサーバーコンポーネント(RSC: React Server Components)やストリーミング配信が既定路線になった。⁶ 一般的な検証でも、RSCとエッジの組み合わせがTTFB(First Byteまでの時間)を100ms台に抑え、クライアントJSを三割前後削減できるケースが報告されている。開発者体験の側面では、BunとRust製バンドラがビルド時間とコールドスタートを短縮し、⁷⁸ TypeScriptのデコレータ安定化やESM(ECMAScript Modules)一本化が生産性を押し上げている。2025年、CTOやエンジニアリングマネージャーが押さえるべきは、計算をどこで行い、どの境界でデータを渡し、どう観測するかという設計判断だ。以下では、実装可能性とROI(投資対効果)の観点で、5つのトレンドを具体的なコードと目安となる数値で解説する。必要な用語は最小限に補足を加える。
WebGPUとブラウザ内AI推論の実用段階
WebGPUはGPU計算を標準APIで提供し、² onnxruntime-webやTransformers.js、WebLLMのようなライブラリと組み合わさることで、軽量モデルの推論をユーザー端末で完結できるようにした。⁹¹⁰ サーバー推論に比べてネットワーク待ち時間が消え、ピークトラフィック時のスケールコストを抑えられる。軽量テキスト埋め込みモデルの検証例では、M2クラスのMacやミッドレンジGPUを搭載したWindows端末で、トークンあたり数十ミリ秒のレイテンシに収まり、サーバー往復を含む場合に比べ体感は明確に向上することが多い。プライバシー面でも入力データが端末から出ない設計は、説明責任の観点で扱いやすい。¹⁰ 実務導入ではモデルサイズ、初回読み込み、キャッシュ戦略が鍵になるため、Service Workerでのプリウォームと分割配信を組み合わせたい。RUM(Real User Monitoring)でFirst Input DelayやInteraction to Next Paint(INP)を監視し、GPUメモリ消費でデバイスを選別するガードを設けるとクラッシュを抑制できる。¹¹ 導入効果の見立てとしては、ピーク時の推論API呼び出しをオフロードできる分、月次で二桁%のコスト削減につながる可能性がある。UX面は入力遅延の短縮がCVRや継続率に波及しやすい。計測は「初回モデルロード時間」「1リクエストあたりの推論レイテンシ」「端末別クラッシュ率」で押さえるとROIを追いやすい。
WebGPU + ONNX Runtimeの最小推論
import * as ort from 'onnxruntime-web/webgpu';
async function run() {
if (!('gpu' in navigator)) {
throw new Error('WebGPU not supported');
}
await ort.env.webgpu.init();
const session = await ort.InferenceSession.create('/models/mini-embed.onnx', {
executionProviders: ['webgpu']
});
const input = new ort.Tensor('float32', new Float32Array(384), [1, 384]);
const feeds = { input: input };
const start = performance.now();
try {
const results = await session.run(feeds);
const elapsed = performance.now() - start;
console.log('embedding[0..4]=', results.output.data.slice(0, 5));
console.log('latency(ms)=', Math.round(elapsed));
} catch (e) {
console.error('Inference failed', e);
}
}
run().catch(console.error);
初回ロード時のモデル取得は遅延の主因になるため、HTTP/2 pushは避けつつ、Service Workerのinstallフェーズでキャッシュしておくと体験が安定する。RUMでINPやFirst Input Delayを継続監視し、端末のGPUメモリ閾値を下回る場合はフォールバック(CPU推論やサーバー推論)に切り替えるとよい。¹¹ 関連する背景解説はWebGPU入門も参照してほしい。
WASM Component ModelとWASIで広がるプラグイン化
WASMはJavaScript以外の言語資産を安全にサンドボックス実行できる基盤として普及したが、2024年からコンポーネントモデルとWASI 0.2(WASIはWebAssembly System Interface)の進展により、マルチ言語のプラグインを疎結合に組み合わせる設計が現実的になっている。¹² チームは性能要件に応じてRustやGoでホットパスを実装し、UIはJS/TSで記述する構成を採れる。NodeやエッジランタイムからWASIで呼び出すと、I/Oを抽象化しつつ移植性を確保できる。パフォーマンス面では、シリアライゼーションのコストを抑えるABIとコンポーネントリンクにより、FFIの悩みが軽減される。¹² 導入効果は、セキュリティ分離と移植性の確保により、規制産業やエンタープライズSaaSの拡張機構で開発リードタイムと監査コストの削減が期待できる。測り方は、プラグイン追加時のリリース所要時間、脆弱性修正の反映時間、ターゲット環境数に対するビルドの再利用率が目安になる。
Rust→WASMをNodeのWASIで呼び出す
// Cargo.toml
// [lib]
// crate-type = ["cdylib"]
#[no_mangle]
pub extern "C" fn sum(a: i32, b: i32) -> i32 {
a + b
}
// Node 22+
import { readFile } from 'node:fs/promises';
import { WASI } from 'node:wasi';
import { argv, env } from 'node:process';
const wasi = new WASI({ version: 'preview1', args: argv, env });
const wasm = await WebAssembly.compile(await readFile('./target/wasm32-wasi/release/app.wasm'));
const instance = await WebAssembly.instantiate(wasm, { wasi_snapshot_preview1: wasi.wasiImport });
wasi.start(instance);
const { sum } = instance.exports;
console.log('sum(21, 21)=', sum(21, 21));
この形はエッジでも有効だ。VendorsのWASI対応は進行中だが、CloudflareやDeno KVのような環境ではWASM呼び出しのオーバーヘッドが数百マイクロ秒程度に収まるといった報告もある。短命関数がC10K(同時1万接続)規模になると、ガベージコレクションの断片化やアロケータ差が尾を引くことがあるため、ベンチマークは実ワークロードで行い、ペイロードと呼び出し頻度からグラニュラリティを決めるのが安全だ。Cloudflare Durable Objectsや分散KVと併用すると、一意性や整合性を保ちつつスケールを制御しやすい。⁵ 関連の設計パターンはWASMプラグイン設計で詳述している。
Edge-first × RSC/Streamingの標準化
データの局所性と反応速度を両立するため、エッジランタイムとReact Server Components、ストリーミングの組み合わせが2025年の既定路線になりつつある。マルチリージョンに近い場所でHTMLを生成し、クライアント側では必要最小限のインタラクティブ性だけを水和する。比較検証では、同一アプリを従来のCSRとEdge+RSCで比べると、JS転送量が約30〜40%削減され、TTFB中央値が欧米主要都市で80〜140msの範囲に収まるケースがある。計測はRUM(実ユーザー計測)でINPとLCP(Largest Contentful Paint)を見ながら、CDNキャッシュ戦略と併用する。¹¹ ストレージは分散KVとDurable Objectsのような強整合構造を併設し、セッションやレート制限、ドメイン集約を任せると設計が簡潔になる。⁵ ストリーミング(HTMLをチャンクに分けて即時送出)はTTFB以降の体感短縮にも寄与しやすい。⁶ 期待できるROIは、帯域とオートスケール回数の削減、UXの改善によるコンバージョン率の向上だ。指標は「TTFBと最初の意味のあるチャンクまでの時間」「キャッシュヒット率」「JS転送量」を揃える。
Next.js Edge Routeでの逐次ストリーミング
// app/api/stream/route.ts
export const runtime = 'edge';
export async function GET() {
const encoder = new TextEncoder();
const stream = new ReadableStream({
start(controller) {
controller.enqueue(encoder.encode('<h1>Hello</h1>'));
let i = 0;
const id = setInterval(() => {
i++;
controller.enqueue(encoder.encode(`<p>chunk ${i}</p>`));
if (i === 3) {
clearInterval(id);
controller.close();
}
}, 200);
}
});
return new Response(stream, {
headers: { 'Content-Type': 'text/html; charset=utf-8' }
});
}
ストリーミングはユーザーの待機体感を大きく改善するが、監視の単位も変わる。TTFBと同時に「最初の意味のあるチャンク」までの時間を計測し、バックエンドのスロークエリやサードパーティAPI遅延をサグメント単位で可視化すると、ボトルネック切り分けが容易になる。⁶ 詳細な指標設計はEdge観測性の設計で整理している。
Durable Objectsで一意性と状態を担保
// Cloudflare Workers Durable Object (TypeScript)
export class Room {
state: DurableObjectState;
storage: DurableObjectStorage;
constructor(state: DurableObjectState, env: any) {
this.state = state;
this.storage = state.storage;
}
async fetch(req: Request) {
try {
const url = new URL(req.url);
if (url.pathname === '/send' && req.method === 'POST') {
const { msg } = await req.json();
await this.storage.put(Date.now().toString(), msg);
return new Response('ok');
}
if (url.pathname === '/latest') {
const list = await this.storage.list({ limit: 1, reverse: true });
const [[, value]] = Array.from(list);
return new Response(value ?? '');
}
return new Response('not found', { status: 404 });
} catch (e) {
return new Response('error', { status: 500 });
}
}
}
セッションの一意性や順序保証が必要なドメインでは、キーバリューストアだけでなく、DOのような単一ライター抽象がボトルネックの可視化とスケール制御に役立つ。レイテンシは地理的に近いバインディングで抑え込み、ライトのファンアウトはイベント駆動で非同期化するのが鉄則だ。⁵
Server‑Driven UIの再評価とRSCの棲み分け
2024年からhtmxやHotwireの採用が再び広がり、Server‑Driven UIとRSCの棲み分けが進んだ。フォームやCRUDで複雑な状態を持たない画面はサーバー生成HTMLを差し替えるだけで十分なことが多く、クライアントJSをほぼ不要にできる。対して複合的なインタラクションや長寿命のクライアント状態がある画面はRSCとクライアントコンポーネントの協調が有効だ。これらを混在させるプロジェクトでは、境界をリポジトリレベルではなくルートやページレベルに置き、監視も別けて考えると、回帰と燃費の双方が改善する。ROIの観点では、ビルドと配信の複雑性を抑えつつTBTやINPの悪化を回避しやすく、結果として滞在時間や完了率に好影響を及ぼしやすい。測定は「JS不要ルート比率」「サーバー処理時間」「ユーザー操作あたりの再描画時間」で進めると効果が見えやすい。
htmxで最小のインタラクティブ性を実現
<!-- index.html -->
<script src="https://unpkg.com/htmx.org@1.9.10"></script>
<button hx-get="/counter" hx-swap="outerHTML">Increment</button>
// server.ts (Express)
import express from 'express';
let count = 0;
const app = express();
app.get('/counter', (_req, res) => {
try {
count += 1;
res.type('html').send(`<button hx-get="/counter" hx-swap="outerHTML">${count}</button>`);
} catch (e) {
res.status(500).send('error');
}
});
app.listen(3000, () => console.log('http://localhost:3000'));
この構成はパフォーマンスプロファイルが読みやすく、TBTやINPの悪化を避けやすい。RSCと比較してビルドと配信の複雑性が低いのも利点だ。一方で、Webソケットやクライアント側状態管理が前提の画面はRSCとクライアントコンポーネントのほうが自然で、Suspenseとストリーミングでスローパスを隠しやすい。プロジェクトの性質に応じて併用すると、総合的な維持コストは下がることが多い。
Bun 1.xと次世代ビルドスタックの台頭
2025年のDX面での大きな波は、Bun 1.xの実運用と、Rustベースのビルドツール群による冷スタート短縮だ。Bunは高速なJSランタイム、テストランナー、バンドラを統合し、CIの実行時間を短くする。⁷ モノレポの移行例では、NodeランタイムからBunへテストを移行したところ、初回フル実行で三割前後、ホットパスでは五割近い短縮が観測されるケースがある。Vite 5とRspackは巨大プロジェクトの増分ビルドを安定させ、Turbopackのエコシステムも成熟が進む。¹³⁸ 運用面では、ESM一本化やtsconfigのstrict化と組み合わせることで、型によるバグ前倒し検知が品質を押し上げる。Bunのテスト実行速度や起動時間の優位は、公式リリースノートのベンチマークでも示されている。⁷ 期待されるROIは、CI/CDの待ち時間短縮による開発者時間の回収だ。メトリクスは「1PRあたりのCI所要時間」「フレークテスト率」「本番リリース所要時間」で可視化できる。
BunのHTTPサーバーと実運用の勘所
// server.ts (Bun)
import { serve } from 'bun';
const server = serve({
port: 3000,
fetch(req) {
try {
const url = new URL(req.url);
if (url.pathname === '/healthz') return new Response('ok');
return new Response(JSON.stringify({ now: Date.now() }), {
headers: { 'Content-Type': 'application/json' }
});
} catch (e) {
return new Response('error', { status: 500 });
}
}
});
console.log(`listening on ${server.port}`);
CIではbun testとbun runを取り入れつつ、Node互換との境界を明示すると移行時の事故を防げる。ネイティブアドオンの互換は常に最新情報を確認し、差分が大きい部分はisolateするのが賢明だ。
Rspackで巨大プロジェクトの増分ビルドを安定化
// rspack.config.js
import path from 'node:path';
import { defineConfig } from '@rspack/cli';
export default defineConfig({
mode: 'production',
entry: './src/index.tsx',
output: { path: path.resolve('dist'), filename: 'bundle.[contenthash].js' },
module: {
rules: [
{ test: /\.tsx?$/, use: [{ loader: 'builtin:swc-loader', options: { jsc: { target: 'es2022' } } }] }
]
},
experiments: { incrementalRebuild: true }
});
大規模フロントエンドでの編集からプレビューまでの往復時間は、開発者の集中を直撃する。ハードウェアを並べるより、ビルドグラフの分割、キャッシュのキー設計、CIのワークスペース分離で土台を整えるほうが再現性も良い。Vite 5の依存プリバンドルと組み合わせると、冷スタートのジッターをさらに抑えられる。¹³
導入効果とROIの考え方
技術選定は常にトレードオフだ。ここまでの潮流を横断すると、WebGPUはレイテンシとプライバシー、WASMは多言語の安全実行、Edge×RSCはページ体験の分解、Server‑Driven UIは単純画面の燃費、Bun/ビルドツールは開発者時間の最適化に効く。費用対効果を数値で押さえるには、フロントではTTFB、LCP、INPの分布をユニット別に取り、リアルユーザー計測と合成監視を併用する。¹¹ バックエンドではリージョン別のp95、p99に加え、サードパーティI/Oのタイムシェアを出し、キャッシュヒット率や再検証の比率を併記する。コスト面は関数実行時間、データ転送、ストレージI/Oに分解し、月次ピーク時のバースト課金を別立てにするのがポイントだ。移行事例では、Edge×RSCへの転換でクライアントJSが三割前後減り、CDN帯域が一割強削減、ピーク時のアプリ層オートスケール回数が約半減し、障害復旧コストやSLO違反の罰則が抑制されたといった報告もある。もちろん、組織の成熟度や既存資産の形に依存するため、段階導入とロールバック計画を前提にした移行が不可欠だ。
計測と可観測性の最小実装
// simple RUM beacon
import { onLCP, onINP } from 'web-vitals/attribution';
function send(metric) {
try {
navigator.sendBeacon('/rum', JSON.stringify(metric));
} catch {
fetch('/rum', { method: 'POST', body: JSON.stringify(metric), keepalive: true });
}
}
onLCP(send);
onINP(send);
可観測性は導入後の習慣だ。Web Vitalsの分布をプロダクト、ルート、ユーザー属性で切り、改善の一手がビジネスのKPIにどう結びついたかを時間差で追う。開発者時間の節約は採用や離職の指標にも波及するため、ツールの置き換えで得られた分単位の短縮も軽視すべきではない。実装に踏み出す際は、まず小さなユーザー群でA/B実験を行い、統計的有意性が出た施策から水平展開すると、組織の合意形成が速い。¹¹
まとめ:2025年の選択は境界の設計に宿る
2025年のWeb開発は、ブラウザとエッジとデータストアの境界設計が差を生む。WebGPUは端末内推論という新しい引き出しを与え、WASM/WASIは多言語の安全な橋渡しを現実にし、Edge×RSCはページ体験を分解可能にし、Server‑Driven UIは単純画面の燃費を最大化し、Bunと新世代ビルドは開発者時間を取り戻してくれる。ユーザー分布、端末性能、レイテンシ要件、組織の開発文化を地図にして、どの境界をどこに引くかを対話的に決めていこう。まずは一つのルートや一つの機能からで構わない。小さく実験し、数値で確かめ、勝ち筋を広げる。この反復こそが、技術トレンドを競争優位に変える最短ルートだ。
参考文献
- HTTP Archive. Web Almanac 2024 – JavaScript. https://almanac.httparchive.org/en/2024/javascript
- Chrome Developers. WebGPU release in Chrome. https://developer.chrome.com/blog/webgpu-release/
- WebKit Blog. WebGPU now available for testing in Safari Technology Preview. https://webkit.org/blog/14879/webgpu-now-available-for-testing-in-safari-technology-preview/
- Mozilla GFX. Shipping WebGPU on Windows in Firefox 141. https://mozillagfx.wordpress.com/2025/07/15/shipping-webgpu-on-windows-in-firefox-141/
- Cloudflare Developers. Build a rate limiter with Durable Objects. https://developers.cloudflare.com/durable-objects/examples/build-a-rate-limiter/
- Vercel. How streaming helps build faster web applications. https://vercel.com/blog/how-streaming-helps-build-faster-web-applications
- Bun. v1.0.0 Release Notes. https://bun.com/blog/release-notes/bun-v1.0.0
- Rspack. Announcing Rspack 1.1. https://rspack.org/blog/announcing-1-1
- ONNX Runtime. ONNX Runtime Web (WebAssembly and WebGPU) docs. https://onnxruntime.ai/docs/tutorials/web/
- Hugging Face. Transformers.js: Run Transformers in the browser. https://huggingface.co/blog/luigi12345/transformers-js
- GoogleChrome/web-vitals. README. https://github.com/GoogleChrome/web-vitals/blob/main/README.md
- Eunomia. WASI and the WebAssembly Component Model: Current Status. https://eunomia.dev/blog/2025/02/16/wasi-and-the-webassembly-component-model-current-status/
- Vite. Announcing Vite 5.1. https://vite.dev/blog/announcing-vite5-1