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SES契約で押さえるべきポイント:トラブルを防ぐ契約書の確認事項

高田晃太郎
SES契約で押さえるべきポイント:トラブルを防ぐ契約書の確認事項

月額の時間単価で人月を手配するSES/準委任は、採用難のいま開発体制を拡張する現実解だが、契約の粗さがコストと統治の両面で跳ね返る。代表的な条項である精算幅は一般に140〜180時間が目安とされることが多い一方⁵、下限割れや上限超過の扱い、月途中の按分、夜間・休日の割増との整合が曖昧なままだと後で精算が揺らぐ。さらに、現場がベンダー人材に直接指示を出す運用は偽装請負(請負・準委任の形式なのに発注側が日々の指揮命令を行う状態)の火種となり¹、法令リスクのみならず、役割責任の不一致によって品質や納期が崩れやすい。経産省や業界団体のモデル契約が繰り返し指摘するのは、準委任の本質である「役務提供」と「指揮命令の禁止」の理解不足である(たとえばIPAのアジャイル/準委任型モデル契約[2020年公表])³。CTOやエンジニアリングマネージャーが契約書に目を通す価値は、工数の予見可能性を高めるだけでなく、セキュリティ・知財・人事労務に跨る組織リスクを先回りで封じる点にある。以下では、実務で揉めやすい論点を、条項の読み方(契約書の確認事項)と運用設計(現場での回し方)という二つの軸を過不足なく結び、重複を避けながら立体的に解像度を上げていく。

SESと準委任の正体を言語化する:偽装請負を避ける線引き

SESの典型は成果物の完成を約さない準委任であり(結果責任ではなく「注意義務=手段への責任」に対して対価を払う契約形態)⁴、まず確認したいのは、現場の役務の指示・評価を契約に接続する視点だ。契約書に「甲の指揮命令に従う」といった文言が紛れ込むだけで、準委任の骨格が崩れ、派遣に近い態様へと滑る¹。望ましい書きぶりは「甲は成果目標・受入基準・進捗報告の頻度を定めるが、具体的な作業指示は乙の責任者を通じて行う」である。これにより、プロダクトの方向性と品質バーは甲が示しつつ、手段の裁量とメンバーの日々の配分は乙の管理下に置かれる。

運用面の線引きは、条項と現場の振る舞いで二重に固定すると効く。アクセス権限は個人ではなくベンダー単位のロールで付与し、貸与資産の範囲と返還手続を明記する。日々のコミュニケーションはチケットやスクラムイベントなどの定例に集約し、突発の口頭指示は避けて全てを乙責任者の承認経路に載せる。勤怠は乙が一次的に管理し、甲は承認権限を持つが労務管理そのものは担当しないことを記す(派遣と請負/準委任では安全衛生や労働時間管理の責任分担が異なり、判断は形式ではなく実態で行われる)²。こうした「要件は甲、手段は乙」の分水嶺を文章と運用の両方で固定しておくと、現場の回転数を落とさずに法令と契約の整合がとれる。

準委任における検収(完成物の瑕疵確認ではなく、合意した時間・役務が提供された事実の承認)の定義も明確にしておきたい。具体的には「月次での作業報告書承認=請求の成立」と書き、バグ修正など納品後の保証義務と混線させない³。品質課題はスプリントの受入基準(ユーザーストーリーが満たすべき合意済みの条件)やレビューで扱い、請求の成立とは切り離す。

精算と料金:140〜180時間の落とし穴を塞ぐ

精算幅はコスト予見性に直結するため、定義の粗さは即座に予算のブレへ変換される。下限割れと上限超過の計算基準は「1時間単位で日割り可」「端数は30分単位で四捨五入」など丸めルールまで具体に書く。月途中の開始・終了はカレンダー日での按分か営業日按分かを明示し、祝日や会社休業日の扱いも事前に決める。夜間・休日の割増を採用するなら、時間単価との重畳や上限に含むかをはっきりさせる。ここが曖昧だと、残業の多い月に二重カウントの争点が生まれる。

控除・超過の扱いでは、下限を大きく割った場合の繰越可否、プロジェクト事情による待機時間の負担先を事前に固定する。「甲の都合による作業停止が事前通知なしに発生した場合、その時間は実働扱いとし下限に算入する」とすれば、環境準備や要件待ちで人月が空転する費用転嫁を避けられる。逆に乙の都合で人員が不在となる時間は控除対象とし、代替要員の提示期限と同等性の基準も合わせて書く。請求・支払サイトは月末締め翌月末払いが一般的だが、検収から30日以内などイベント基準の期限設定も検討に値する。遅延利息の年率、相殺や留置の可否も記載しておくと、経理同士の解釈差を封じ込めやすい。

トラブルの常連が「差し戻し工数」の扱いだ。準委任では成果物の瑕疵是正という概念が薄いため、受入基準に満たない作業のやり直しを無償とするか、有償の継続作業とするかをスプリント計画に結びつけて定義しておく⁴。「受入基準未達の原因が甲の仕様変更・指示変更にある場合は有償、乙の注意義務不履行にある場合は無償」と原因ベースで分岐させると、感情論を避けやすい。

体制・知財・セキュリティ:境界面を条項で固定する

体制の安定は品質と速度の母数になる。キーマン条項は「当該要員の変更は事前に10営業日前までに通知し、同等以上のスキル・経験を有する者で代替する」といった水準が実務に馴染む。再委託は全面禁止ではなく、機密性・重要性に応じて事前承諾制や届出制とし、二重派遣に該当しないよう再委託先の管理・指示は乙責任者が担う旨を繰り返し明文化する²。反社会的勢力の排除、輸出管理や経済安全保障に関わる制約遵守も、背景チェックや人材配置に直結するため別紙でプロセスを定義しておきたい。

知的財産権の帰属は、準委任でもコードや設計成果の利用権が絡むため曖昧にできない。実装コード、CI/CDスクリプト、IaCテンプレート、ドキュメント、設計資料などアウトプットを列挙し、それぞれの著作権の帰属とライセンスを指定する。甲帰属とするなら、対価に包含される譲渡範囲、第三者著作物・OSSの取り扱い、著作者人格権不行使、派生物の帰属を粒度高く書く。乙の汎用コンポーネントがある場合は、その部分を乙帰属としつつ、甲へ永続・非排他的・サブライセンス可の使用許諾を付すのが現実的だ。OSSは採用時の通知、ライセンス表、SBOM(ソフトウェア部品表)の提示など情報提供義務を課すと、コンプライアンス監査に耐えやすい³。

機密情報と個人情報の扱いは、NDAの一般条項に留めず実務運用まで落とす。最小権限付与、持出し禁止、画面録画やログの保存期間、終了時のデータ消去と資産返還、セキュリティ事故の通知期限と初動、監査対応や是正計画の提出義務などを、日々の行動規範に落ちる文章で定義する。リモート前提のいま、BYODの可否、アンチウイルスやEDR(端末の侵害検知・対応ツール)の必須、パッチ適用のSLA、VPNやゼロトラストでの接続要件など、技術的コントロールは別紙に切り出すと衝突を避けられる。これらは「契約で決め、運用で守る」の典型であり、現場の安全弁になる³。

終了・変更・責任:揉めない出口とガバナンスを設計する

どんなに順調でも、終了と変更の設計がなければプロジェクトは身動きが取れなくなる。中途解約は両当事者の通常解約と、重大な債務不履行や反社判明などの即時解除を分けて書き、通常解約には通知期限を設定する。甲の都合による停止・縮小が起きたときの補償は、通知から一定期間の最低保証時間や、代替要員提案の有無で調整できる。変更管理は、スプリントレビューや四半期のステアリングコミッティでの合意を起点に、契約変更覚書へ反映するルールを先に敷いておくと、実務と契約の同期が崩れない³。

責任と保険は最後の守りだ。損害賠償の上限は契約金額または月額×一定ヶ月(たとえば12ヶ月)とし、逸失利益や間接損害、特別損害は除外するのが一般的である。情報漏えいなど高インパクト事案については別途の上限や実費補償を協議できるよう、例外条項を小さく設ける。不可抗力はクラウド障害やパンデミック、法令変更など具体例を添え、再発防止と業務継続の努力義務も記す³。プロフェッショナル賠償責任保険(E&O)やサイバー保険の付保状況を表明保証に差し込むのも実務的だ。

最後に、準拠法と裁判管轄は当然として、紛争の前段に協議や調停を置くかは文化の問題である。リスクは前に寄せ、工数は後ろに倒す。SES契約は、契約書と運用設計の二枚看板でしか安定しない。条項を丁寧に作り込み、現場の儀式とツールで定着させたとき、予算は静かに予見可能になり、開発は期待通りの速度で回り始める。

よくある行き違いを未然に防ぐ読み合わせの勘所

草案レビューの段階で、役割責任、受入基準、精算の丸め、代替要員、再委託、知財、機密、終了と賠償の八点だけでも双方の実務担当者が声に出して読み合わせると、開始後の手戻りが劇的に減る。文言は平易に、例外は別紙に、運用はツールに、という三層の整理を意識して仕上げたい。契約は「開発を止めないための道具」であることを忘れず、読みやすさと実行可能性を最優先にするのが、エンジニア組織にとっての最良の投資になる。

ケースの教訓:仕様変更が多い環境での最適解

要求が流動的なプロダクトでは、成果物の完成責任を前提にした請負の枠組みよりも、スプリント単位の準委任に品質ゲートを組み込む設計が噛みやすい。受入基準をユーザーストーリーごとに明文化し、差し戻しは原因で有償・無償を分け、ベロシティの変動は精算幅ではなくスコープの調整で吸収する。こうした設計は「スピードかガバナンスか」という二項対立を溶かし、変化に強い開発運営を可能にする³。

まとめ:契約と運用を同期させ、開発を止めない

SES契約は、精算幅の数字や知財条項の一文が現場の働き方とコストに直結する。指揮命令の線引きを誤らず、精算と受入の定義を具体にし、体制・知財・機密・終了と責任を粒度高く設計すれば、トラブルの多くは発火点を失う。次に契約草案を手に取ったら、今日触れた論点を自社の実務に当てはめ、条項の言葉をチケットや会議体、権限設計へ落としてみてほしい。どこが曖昧か、どこが運用と噛み合わないかが自然に浮き上がるはずだ。あなたのチームは今、どの条項から手を入れるべきだろうか。小さな修正を積み重ね、契約と現場を同期させることが、スピードを犠牲にしない健全なガバナンスへの最短距離である。

参考文献

  1. 厚生労働省: 請負・委託と労働者派遣の区分(偽装請負の考え方を含む)
  2. 厚生労働省: 労働者派遣事業と請負の区分に関する基準(責任分担と実態判断)
  3. IPA(情報処理推進機構): デジタル時代のIT調達における契約モデル(2020年12月22日公表)
  4. 郷原法律事務所コラム: SES契約の法的性質(準委任)と派遣との違い
  5. MONOLITH LAW OFFICE: 人材不足を解消する「SES契約」の法律上の注意点