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DXプロジェクトの費用を50%削減する方法

高田晃太郎
DXプロジェクトの費用を50%削減する方法

大規模なDXは目標未達の割合が高く、クラウド支出の一定割合が最適化余地、実装機能の多くが低利用——複数の調査で、これが一般的な出発点として報告されています¹⁴⁵。失敗率や未達要因の数値は調査により幅がありますが、全体傾向は一貫しています⁸。PMIの報告ではプロジェクト投資の一部が継続的に毀損されることが示され、Flexeraの年次レポートではクラウドコストの自己申告ベースで約3割前後に最適化余地があるとされています⁴⁵。現場の報告を総覧すると、コストが滲む場所はよく似ています。スコープの過剰、環境の重複、硬直した調達、そして遅い開発・運用フロー。この構造的な無駄に切り込めば、50%削減は奇抜な目標ではなく、十分に検証可能な設計仮説になり得ます。

コストを半減できる理由と、内訳の見直しから始める

最初にやるべきは、費用を機能別ではなくフロー別に捉え直すことです。一般的なDXの原価は、人件費、クラウドとSaaSの利用料、外部委託費、プラットフォーム・セキュリティ・監査などの共通費、そして運用保守の継続費に分かれます。しかし意思決定に効くのは品目の集計ではなく、価値の流れに沿って費用を単価化する視点です。ユーザー当たり月次クラウド単価(例:MAU=月間アクティブユーザーあたり)、1フロー単位(ユーザーストーリーや変更要求)当たりのエンジニアリング原価、1デプロイ当たりの総原価、ユースケース当たりの全ライフサイクル原価に分解すると、どこで費用が増幅しているのかが明瞭になります。

例えば月間5,000万円のクラウド支出があるサービスで、月間アクティブユーザー(MAU)が50万人なら、粗い単価は1人あたり100円です。ここから、非プロダクション環境の比率、アイドル時のリソース滞留、I/O集約ワークロードの階層化不足、ネットワーク出口課金を押し下げる設計の欠落といったドライバーを特定します。同じ思想を人件費にも当てはめ、1フロー単位の実作業時間、待ち時間、再作業時間を区別します。DORA(DevOpsの大規模ベンチマーク研究)が示すとおり、バッチサイズの縮小とフィードバックの高速化は欠陥混入率と再作業コストを下げ、結果的に総原価を押し下げます⁶。経験則として、再作業比率が高止まりするとコスト曲線は急に立ち上がります。逆に、バッチを小さくし、レビューと自動テストのスループットを上げるだけで再作業比率が大きく下がり、原価が顕著に低減する傾向が広く報告されています。

スコープは最大のレバーです。Pendo等の調査では、実装された機能の相当割合が低頻度利用に留まることが指摘されています³(B2Bでも例外ではありません)。DXでは「対外説明責任」のために要件が肥大化しがちですが、目的を業務KPIとユーザー行動に直接ひもづけ、成果仮説に寄与しない機能を事前に切る、あるいは実装順を最下位に落とすだけで、資本効率は一気に改善します。スコープの半減は、品質の半減を意味しません。フィーチャーフラグで段階的に機能を露出し、仮説が外れたものは撤去する。この運び方が、後段のコスト構造を軽くします。

50%削減の設計図:スコープ、プラットフォーム、調達、実行

スコープ半減を設計に織り込む

半分の費用を狙うなら、最初から半分のスコープで設計します。成果指標に直結しない要件を初期リリースから除外し、その余剰分を検証に充てる「ハーフ・バイ・デザイン」という考え方が有効です。例えば営業現場のリード入力を自動化するDXで、初期は既存CRMのAPIでバッチ更新に留め、リアルタイム二重書き込みや複雑な権限周りは最初の90日から外します。実装はイベントストリームを前提に疎結合にしておき、成果が出たラインだけ逐次リアルタイム化する。この手順で、初期開発費を30〜40%抑えつつ、実証の解像度を高められます。重要なのは、削るのではなく、価値検証のために先送りするという意思決定を明確な言葉にすることです。

内製プラットフォームを梃子にする

ビルド・テスト・デプロイ・観測・権限・データ基盤を横断する内製プラットフォームは、DXにおける複利の源泉です。テンプレート化されたサービススキャフォールド、共通のCI/CDパイプライン、SLO(サービスレベル目標)とアラートの標準、ゼロトラスト前提の認証・認可、データ契約とスキーマ管理をひとつの開発者体験として提供すると、リードタイムは大きく短縮し、運用の夜間対応も減ります。運用上の費用が下がるだけではなく、重複実装の回避で新規の開発費も下がる。報告事例では、プラットフォーム整備に投じた予算の回収は6〜12カ月で達成されるケースがあり、以降は案件が増えるほど一件あたりの原価が逓減します。共通基盤で集約されたテレメトリは、後述のFinOpsにも直結します。

FinOpsでクラウドとSaaSを最適化する

クラウド費用は見える化だけでも下がります。タグとアカウントの正規化、環境別の上限設定、利用単価の基準値を月次で透明化すると、各チームが自発的に最適化に動きます。予約・節約プランのカバレッジを高め、インスタンスタイプの適正化とオートスケールの見直しを行えば、計算資源だけで20〜30%は現実的に下げられます⁷。ストレージは階層化とライフサイクル管理、ネットワークは出口課金の回避設計が効きます。バッチや非同期処理はスポット活用で大きく下がりますし、SaaSは利用実績に基づく席数の適正化と期間・支払条件の再交渉で有意な削減余地が出ます。これらは単なる経費圧縮ではなく、アーキテクチャの可観測性と運用規律の向上を伴うため、障害対応コストの低減にも波及します。なお、FinOpsは「クラウド費用の継続的最適化を組織横断で進める運用プラクティス」の総称です²。

実行速度を上げ、再作業コストを消す

費用はリードタイムに比例して膨らみます。トランクベース開発、徹底した自動テスト、段階的リリース、そして失敗からの迅速な復帰。この4点を核に、DORA指標で「中〜高パフォーマンス」を狙うと、変更あたりの総原価が下がります⁶。具体的には、分岐の長期化をやめて1〜2日の小さなバッチでメインラインに統合し、テストピラミッドのユニットとコンポーネントテストを厚くし、ステージングの手動検証はリスクの高い変更に限定します。ここに観測性を組み合わせ、エラーバジェットを管理指標に据えると、品質の議論は主観から客観へ移り、リリースの頻度と安全性が同時に成立します。再作業が減れば、同じ人員でも実装できる価値の量が増え、結果として分母の費用が薄まります。

90日で効果を出す進め方と、CFOが納得するKPI

短期の成果を狙う場合、最初の30日は現状のコストドライバーを可視化し、意思決定の単位を定義することに集中します。月次のクラウド総額をユーザー単価とワークロード単価に割り、非プロダクションと夜間アイドルの比率を計測します。同時に、フロー単位の人件費を実作業、待ち、再作業に分け、各割合を把握します。次の30日では、ひとつのユースケースに絞ってスコープ半減の実験を行い、プラットフォームのパイプラインとテンプレートを整備して、検証可能な最小構成で出荷します。最後の30日は、FinOpsの施策を本番環境へ横展開し、効果を定量で示すと同時に、調達条件の再交渉に着手します。ここまでを通して、可視化・検証・定着の3サイクルが一巡するはずです。

KPIは経営と現場の両方が読める言語で揃えます。クラウドは「MAUあたり単価」「ワークロード種別あたり単価」「予約カバレッジ率」「アイドル比率」。開発は「平均リードタイム」「変更失敗率」「MTTR(平均復旧時間)」「1フローあたり実作業比率」。ビジネスは「1成果指標(例:受注、解約回避、来店)あたり総原価」。この三層を毎月の事実として公開すると、議論は自然と削減ではなく投資配分に向きます。特に重要なのは、削減額を成果単価に変換して提示することです。例えば、月1,000万円の削減が達成できたなら、MAU50万人のサービスでは1人あたり20円の単価改善です。これをさらにユースケース単位で示すと、営業やCSの現場とも共通言語になります。

ケーススタディ:1.2億円規模のDXを約半額へと導く意思決定(一般化された例)

製造業のデータ統合と現場アプリ刷新を同時に進める、年間1.2億円規模の想定案件を例にとります。要件は多岐にわたり、リアルタイム同期、複雑な権限制御、二重系の監査証跡まで初年度に盛り込まれがちです。最初に実施すべきは、成果仮説と直接関係しない機能の先送りです。生産リードタイム短縮という北極星に対し、初年度はバッチ連携とシンプルな役割ベース権限に絞り、現場アプリはオフライン優先で設計します。この時点でスコープの再構成により数千万円規模の圧縮が見込めます。

次に、内製プラットフォームへ重点投資します。サービススキャフォールドとパイプライン、監視の標準化に1〜2カ月をあて、以降の実装は原則としてテンプレートを使用。これによりリードタイムが大きく短縮し、外部委託の比率を縮小できます。年間の削減効果は数千万円に達することがあります。クラウドはタグと環境上限を徹底し、予約のカバレッジを高め、ストレージのライフサイクルを導入。夜間バッチをスポット対応に置き換えることで、月次で20〜30%の削減が現実的に期待できます⁷。さらに、SaaSの席数を実利用データで最適化し、契約更新で条件を見直すと追加の圧縮余地が出ます。これらを合算すると、初年度の実支出を概ね半分前後まで抑え、翌年度はプラットフォームの再利用で追加の逓減が見込める——こうしたシナリオは決して珍しくありません。

品質とセキュリティを犠牲にする必要はありません。SLOを設定し、エラーバジェットの超過が続く場合はリリースを自動停止するガードレールを採用します。監査要件はプラットフォームの標準として実装し、プロジェクト側で繰り返しのコストにならないようにする。結果として、平均復旧時間(MTTR)の短縮や夜間対応の減少が報告されるケースも多く、見えにくいが確実なコスト削減に結びつきます。

定着させるコツ:削減は文化と設計の副産物にする

費用削減を単発のキャンペーンにしないためには、文化と設計の両面で、無駄が生まれにくい仕組みをデフォルトにすることが重要です。承認よりも観測を重視し、判断はデータで行い、失敗は小さく早く回収する。プラットフォームに共通のSLO、権限、監査、観測の型を用意して、個別案件の自由度は価値創出に集中させる。調達はFinOpsとの協働で継続的に見直し、利用データに基づいた再交渉を繰り返す。こうした積み上げが、削減という結果を恒常的に生みます。これらを12カ月スパンで回し続けると、初年度の大幅削減に続き、翌年も10〜15%の逓減が現実的に起こり得ます。重要なのは、費用ではなく単価と成果にフォーカスを当て続けることです。

次の一手をどう選ぶか

もし今日から始めるなら、明確な三つのアウトプットを設定するとよいでしょう。ひとつ目は、現在の費用をユーザー単価、フロー単価、デプロイ単価に再表現したレポート。二つ目は、90日で出荷可能な最小スコープのユースケースと、そのためのプラットフォーム最小機能。三つ目は、FinOpsの初期方針と契約見直しの当たりです。これらは互いに依存し、同時に回すほど効果が出ます。どれかが欠けると、残りの効果も痩せます。だからこそ、経営と現場が同じダッシュボードを見ながら進めることが、結果的に最も安く速いのです。

まとめ:50%は大胆ではなく、構造の設計値

DXの費用を半分にする道筋は、奇策ではありません。過剰なスコープを最初から外し、内製プラットフォームで重複を消し、FinOpsで利用単価を健全化し、実行速度を高めて再作業を減らす。すべてが数字で語れる原理と手順です。まずは自社の費用を単価で見える化し、90日間の検証サイクルを回してみてください。きっと、削減という言葉がいつの間にか消え、価値創出に資本を振り向ける会話が当たり前になります。次の四半期、あなたのダッシュボードに単価の右肩下がりと成果の右肩上がりが並ぶ姿を想像しながら、一歩目を今日決めてみませんか。

参考文献

  1. CIO.com. Why IT projects still fail
  2. Google Cloud Blog. Unlocking cloud cost optimization: A guide to Cloud FinOps
  3. Pendo. The 2019 Feature Adoption Report
  4. Project Management Institute (PMI). Pulse of the Profession (2021): Beyond Agility
  5. Flexera. 2024 State of the Cloud Report
  6. DORA. Accelerate State of DevOps – Research Findings
  7. McKinsey & Company. Everything is better as code: Using FinOps to manage cloud costs
  8. 日経クロステック(xTECH). DXの失敗確率に関する指摘(記事内引用)