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IT人材不足を解決する採用・育成・外注の最適配分

高田晃太郎
IT人材不足を解決する採用・育成・外注の最適配分

経済産業省の公表資料などでは、2030年に国内のIT人材は最大で約79万人不足といった試算が紹介されています¹。IT人材不足が恒常化するなかで、需給逼迫は採用難だけでなく、既存人員への負荷増大や技術負債(将来の開発速度を下げる設計・実装のツケ)の蓄積を通じて、プロダクトの品質と機会損失に直結します。代表的な調査では、StripeのDeveloper Coefficientが開発者の多くが保守や技術負債対応に相当の時間を割いていると報告し²、Gartnerも近年、ローコード/ノーコードの採用拡大と市場の二桁成長を継続的に予測しています³。つまり、単純な採用強化だけで埋める発想には限界があり、採用・育成・外注を資本配分としてマネージし、Time to Market(TTM:市場投入までの時間)の短縮と知財保全を同時に最適化する設計が必要です。本稿では、CTO・エンジニアリングマネージャーの意思決定に使えるフレーム、コストの数式化、現場実装の指標までを一気通貫で提示します。

人材不足の本質と、採用一本足打法の限界

統計が示すのは供給不足ですが、現場で効いているのは需要構造の変化です。クラウドやSaaSの普及により、自前実装の範囲は狭まり、逆に統合とガバナンスの難易度が上がりました。調査ではスキルの半減期(学びが時代遅れになるスピード)が一般に5年、技術系では2.5年前後という指摘があり⁴、今日の正解が明日には陳腐化します。採用に偏った投資は、内定競争の激化により費用が膨らみ、入社から生産性立ち上がりまでのタイムラグがボトルネックになります。国内相場ではソフトウェアエンジニアの年収は上昇傾向にあり、転職エージェントの成功報酬は年収の3割前後⁵、オンボーディングは90〜180日を要するのが一般的です。**重要なのは「いつ、どの能力を、どの器で確保するか」**であり、雇用契約だけが器ではありません。IT人材不足の文脈では、この器の選択がそのまま競争力の選択になります。

採用一本足の限界は3点に凝縮できます。時間の壁として、プロダクトの勝ち筋が鮮明な局面ほどタイムトゥマーケットの価値が膨らみ、採用→育成の順序は機会損失を拡大します。コストの硬直性として、固定費中心の人件費は景気変動に追随しづらく、需要の波を飲み込みにくい。知識の粒度として、ニッチ領域はフルタイム常駐ほどの稼働を前提にできず、点的に外力を借りたほうが合理的です。これらは採用否定ではなく、採用を「中核能力の定着手段」として正しく位置づけるための前提です。

育成のレバレッジと、学習を業務に埋め込む設計

育成は短期での即戦力化には不利ですが、総保有コスト(TCO:Total Cost of Ownership)と知識の定着で優位を持ちます。例えば中堅エンジニア3名をクラウドセキュリティやデータエンジニアリングに再訓練する場合、受講と実務サンドボックス、メンタリングを合わせた投資は年間一人あたり数十万円規模に収まることが多く、半年で実務投入すれば回収可能性は高い。鍵は、学習を別レーンに切り出さず、ロードマップに紐づくストーリーで業務へ埋め込むことです。具体的にはスプリント(短い開発反復期間)内に学習スラックを確保し、内製ドキュメントと演習リポジトリをセットで回し、レビューとペアリング(共同での設計・実装)を生産タスクの一部として予算化します。育成の成否は教材よりも運用リズムに依存します。

外注は“丸投げ”ではなく、時間価値を買う金融取引

外注の誤解は、品質を他者に委ねる点にあります。実際には、変動費で時間を前倒す金融取引に近い。専門度が高く一過性の需要では特に有効で、標準化しやすい領域はSLA(Service Level Agreement:サービス品質合意)と監査で品質を担保できます。一方でプラットフォーム中核や競争優位の源泉は内製化し、設計権とアーキテクチャ判断を自社に残すのが原則です。成功の分水嶺は、成果物の受け皿としての内製チームとドキュメント運用、そして再現可能なハンドオーバーの設計にあります。IT人材不足に直面しても、外注を“器”として適切に使い分ければ、採用・育成との三位一体で供給力を底上げできます。

最適配分フレーム:戦略重要度×時間価値×希少性

配分を感覚ではなく、3軸で数式化します。軸は戦略重要度、時間価値、スキル希少性です。戦略重要度はプロダクトの差別化寄与やIP保全の必要度、時間価値は出荷の前倒し1か月あたりの利益貢献、希少性は市場での調達難易度と立ち上がり時間で評価します。各軸を0〜1で正規化し、採用・育成・外注の優先度スコアを導出します。簡易形として、採用スコアは戦略重要度と長期価値に重みを置き、外注は時間価値と希少性、育成は長期価値と希少性の緩和に寄与すると定義できます。

実務では次の順で意思決定します。まず対象能力をユースケース単位で分解し、設計判断、実装、運用、監視などの役割に分けます。次に各役割について、中核性、収益影響、規制・セキュリティ要求を評価し、時間価値を金額換算します。最後に社内のスキル在庫と学習のリードタイム、外注市場の供給状況とレートを照合し、TCOとTTMの積で意思決定します。専門用語を平たく言えば、「総費用×時間短縮価値」を見て、採用・育成・外注のどれに配分するかを合理的に決めるということです。

数式と試算:TCOとTTMのトレードオフを可視化

採用の総保有コストは、年収に福利厚生・オフィス等の係数を掛けた実負担、採用費、立ち上がり期間の機会損失で表せます。たとえば年収1200万円、係数1.4、採用費30%、立ち上がり6か月、月次粗利寄与が400万円のプロジェクトとすれば、実負担は1680万円、採用費は360万円、立ち上がりによる機会損失は2400万円で、初年度TCOは4440万円相当となります。もちろん採用は翌年度以降の価値創出が大きく、長期NPVでは有利になり得ます。

外注はレート×人月×期間に移管コストと品質リスクの保険料相当を加味します。国内で1人月150万円、4名×4か月なら2400万円、移管・監査・ドキュメント整備で200万円を加えて2600万円前後。もし出荷前倒し1か月の価値が400万円で4か月早まるなら1600万円の時間価値を得ます。外注TCO2600万円と早期出荷の1600万円を総合すれば、差引1000万円の追加負担で時間を買う取引と言えますが、プロダクトの寿命やIPの重要度次第で判断は変わります。

育成は研修費・メンタリング時間・バックフィルの機会損失で表しやすい。中堅3名に対して一人40万円相当のプログラム、メンター工数が合計1人月、運用に組み込んだ小規模案件で徐々に代替していく構成なら、総額は数百万円規模に留められるケースが多い。半年で部分投入し、1年で完全ロールインできれば、知識の社内定着という無形資産の蓄積が次の案件で複利的に効きます。いずれの試算も前提に敏感であり、各社のコスト構造に合わせた再計算が不可欠です。

配分シナリオ:事業フェーズとドメインで変える

正解は一意ではありませんが、条件ごとに重みの置き方は明確です。PMF(Product-Market Fit)前の探索フェーズでは、差別化の核となるドメイン知識を採用で押さえつつ、探索速度を上げるために非中核の開発・検証を短期外注で前倒します。育成はスプリントに学習スラックを組み込み、仮説検証の学びを翌スプリントに繋げる設計にします。結果として採用と育成の合計を過半にしながら、クラウド基盤やテスト自動化などの整備は外注で初速を稼ぐのが典型です。

PMF後の拡張局面では、運用と品質の安定化がテーマになります。SREやデータ基盤をコア能力として内製化し、重要な運用判断と改善サイクルを社内に残します。一方でテンプレート化しやすいUI実装やバックオフィス連携は外注を活用し、ピーク吸収力を持たせます。育成は職能横断のアーキテクト育成に厚めに振り、設計審査と技術標準の策定を内製化することで、外注の品質も引き上げます。

規制産業やセキュリティ厳格領域では、要件定義・設計・セキュリティ判断を自社中核に寄せ、実装の一部を監査可能な形で外部に委ねます。ここで効くのはプロセスと証跡で、SLAに加えてテストカバレッジ、変更承認、脆弱性対応のタイムラインを契約に織り込みます。データや機械学習の先端領域は、短期的には外部の知見を借りて滑走路をつくり、中期でMLOps(機械学習の運用基盤)やデータガバナンスの能力を育成して内製化比率を上げる進め方が現実的です。

レガシーのモダナイゼーションは、ボリュームとリスクが読みにくいがゆえに、段階分割が有効です。スキャニングとアセスメントを外部の加勢で短期に終え、段階ごとに「内製移行する塊」と「外注で一気に置換する塊」を仕分けます。ランタイムの運用開始後に残る改善サイクルは内製へ寄せ、変更失敗率や平均復旧時間などのDORA指標で効果をモニタリングします。DORAはDevOpsの健全性を測る実践的な4指標(デプロイ頻度、変更リードタイム、変更失敗率、平均復旧時間)です。

運用設計:ベンダーを内製チームの延長線で動かす

配分を決めただけでは機能しません。運用の肝は、内製と外注を同じ作法で動かすことにあります。設計審査、コード規約、テスト・セキュリティチェック、ドキュメントのテンプレートを共通化し、リポジトリとCI/CDに外部アカウントを紐づけて同じパイプラインを通す。成果物の所有権や再利用権、生成AIの利用ポリシー、SBOM(ソフトウェア部品表)の提出、脆弱性の修復SLO(Service Level Objective:達成目標)など、契約と開発標準を一体化させておくほど、内製化フェーズへの移行が滑らかになります。

測定指標は、DORAの4指標に加えて、人材ポートフォリオ視点のヘルス指標を置きます。スキル在庫のカバレッジ、学習の完了率と現場適用率、外注比率とその変動費弾力性、ドキュメントの鮮度やバス係数など、数か月単位でトレンドをみるのが有効です。意思決定はこのメトリクスとロードマップの整合で回し、短いサイクルで配分を微修正します。IT人材不足が長期化しても、こうした運用設計があれば、採用・育成・外注の最適配分を継続的にアップデートできます。

90日アクション:小さく始めて、学びを仕組みに閉じ込める

初月は現状把握に集中します。プロダクトごとに役割を分解し、重要度と時間価値、希少性を評価して、採用・育成・外注の候補を洗い出します。次の月はパイロットを走らせます。外注で短期に成果物を得る案件と、育成で部分代替を試す案件を選び、同じ標準で計測します。最後の月にレビューし、効果の出た型を標準化して全体へ展開します。ポイントは、成功・失敗の学びをテンプレート化し、次の意思決定に反映する循環を絶やさないことです。

まとめ:配分は一度きりの決断ではなく、継続運用そのもの

人材不足は解けない方程式ではありません。事業の重心、時間価値、技術の希少性を数式に落とし、採用・育成・外注を資金調達のようにポートフォリオ管理すれば、過不足をコントロールできます。今日の回答が半年後も最適とは限らないからこそ、測定し、学び、微修正する運用力が競争優位になります。あなたの組織は、どの能力を内に積み上げ、どの速度を外から買いますか。まずは現状のスキル在庫と時間価値を可視化し、ひとつのプロダクトで90日の小さな実験を設計してみてください。そこから得た学びを標準に落とせたとき、配分の意思決定はチームの習慣に変わります。

参考文献

  1. 経済産業省: 2030年のIT人材需給に関する試算(関連資料の概説)/ IPA DX白書 2023(人材不足の課題)
  2. ADTmag: Stripe’s ‘Developer Coefficient’ Report Highlights Developer Time Spent on Maintenance
  3. Gartner Press Release: Worldwide Low-Code Development Technologies Market to Grow 20% in 2023
  4. マイナビニュース Tech+: スキルの「半減期」は5年、一部の技術分野では2年半
  5. アイミツ: 転職エージェントの報酬(成功報酬)相場は年収の30〜35%程度
  6. Google Cloud: 2023 Accelerate State of DevOps Report(DORA指標の概説)