Article

システムのライセンス費用を最適化する交渉術

高田晃太郎
システムのライセンス費用を最適化する交渉術

Flexeraなどの公開レポートでは、企業のIT支出のうち約20〜30%が未使用・過剰・重複による無駄と見積もられています[1][9]。Zyloの調査でも、企業が平均で数百本規模のSaaSを運用し、利用率は概ね60%前後にとどまる傾向が示されています[2]。複数の資料を総合すると、値引きの駆け引きそのものより、事前の可視化と需要予測の精度が最終コストを大きく左右しやすいことが分かります[3][4]。すなわち、価格は市場だけで決まらない。内製のデータ品質、価格モデルの理解、そして契約条項の設計が、ベンダーの提示条件を動かします[4]。

交渉前の土台づくり:権利・展開・利用の三層可視化

準備が浅いまま価格のやり取りに入ると、目先の割引に判断が揺れます。まず整えたいのは、権利(Entitlement:購入・契約で保有している利用権)・展開(Deployment:どの環境にどう配置しているか)・利用(Usage:実際の使われ方)の三層を同じ粒度で揃えることです。権利ではSKU、ライセンス単位(Named=個別割当、Concurrent=同時接続、Per Core=コア数、Per Device=端末数)、サポートレベル、地域制限、譲渡やモビリティ条件を正規化します。展開ではバージョン、環境(本番・DR・開発・テスト)、仮想化の有無、クラスタやコンテナの構成を把握します。利用では30日・90日アクティブ率、機能別の到達状況、同時接続の95パーセンタイル(全サンプルの95%が下回る値)、ピークと平均の差を指標化します。ここで過剰・未使用・非準拠の三状態に分類できると、論点が「単価の値下げ」から「権利構成の再設計」に移り、総額の最適化につながります。いわゆる有効ライセンスポジション(ELP:実際の権利と利用を整合させた基準)を確立することは、コンプライアンスとコストの両面で推奨されています[3][5]。

同時接続型の製品は、95パーセンタイルを基準にすると現実的なキャパシティが見えます。例えばピーク1000、95パーセンタイル850、平均700というプロファイルなら、850を土台にし、短期バーストは別料金(Burst Poolやトークン)で吸収する設計が合理的です。Namedユーザー型では、90日間の未ログイン率やプレミアム機能の実利用比率が交渉の核になります。プレミアム機能の利用者が全体の18%に留まるなら、プレミアムを20%キャップにし、残りをスタンダードにダウングレードする案は通りやすくなります。

このタイミングで社内の代替策も定量化しておきます。代替クラウドサービス、機能縮退案、オープンソース、バージョンダウン、統合の延期などを、移行費用・教育コスト・運用影響を含むTCOで並べると、交渉に不可欠なBATNA(最良の代替案)が形になります[6][4]。金額だけでなく、リスク・スケジュール・セキュリティ要件も含めて比較可能にしておくと、ベンダーが値引きではなく構成変更を提案してきた場合にも判断基準がぶれません。

監査・トゥルーアップを「攻め」に転換する

監査やトゥルーアップ(契約数量と実利用の差分精算)は、恐れる対象ではなく、データ是正と条件見直しの機会です。非準拠が疑われる場合、ペナルティの即時支払いではなく、先出しで実測データと是正計画を提示し、将来の企業契約(ELA:Enterprise License Agreement)の単価是正や最低コミットの緩和、猶予期間の延長と引き換えにする選択肢を検討します[5]。監査条項には是正期間(Cure Period)、測定方法の明確化、仮想化やDR環境のカウント基準、テスト・開発用途の除外条件など、誤検知を減らす文言を加える価値があります。こうした取り決めは、実質的な価格条件に直結します[5]。

交渉テーブルに持ち込むKPI

ベンダーが主張する価値に対し、こちらは利用の現実をKPIで返します。例えば、30日アクティブ率、プレミアム機能の到達率、同時接続95パーセンタイル、季節要因を反映した12か月の需要予測、1ユーザー当たりの実効単価(総額÷アクティブユーザー)です。これらが整うと「単価×数量」ではなく「必要な機能×必要なタイミング」に価格の議論を変換できます。

価格モデルの読み解きと崩し方

価格は表面的なリスト額より、算定単位と割引の効き方の理解が重要です。Per Coreは物理コアか仮想コアか、ハイパースレッディングの扱い、クラスタ待機系のカウント、コンテナの割り当て、あるいはPVU(Processor Value Unit)やNUP(Named User Plus)のようなベンダー固有係数が介在します。ここを誤ると非準拠の温床になります。NamedとConcurrentの選択では、利用の偏りが大きい環境はConcurrentが効率的になりやすく、逆に個別の強い権限が必要なSaaSではNamed前提になることが多い、という傾向があります。

ディスカウントには階段状のボリューム割引、総額コミットに紐づくリベート、四半期末のスポットインセンティブ、マルチイヤーの価格据え置き、通貨やインフレの調整条項などが組み合わさります。合意形成では「価格・範囲・リスク」の三要素を同時に動かすのが基本です。例えば、1年目は低単価で最小構成、2年目以降は明確な成長バンドに応じた自動単価調整、上限キャップの合意、未達時はロールオーバーか返金とするなど、価格に直結する運用ルールを条項に落とし込みます[8][10]。

モデルの崩し方は、使用実態と機能分布の提示から始めます。プレミアムの利用率が20%未満なら、スタンダード80%・プレミアム20%のミックス価格を要求し得ます。トークン型の製品では、ピーク時のみ高単価機能を消費し、通常時は低単価機能に寄せる運用設計を示したうえで、年間のトークン消費計画を提示し、期末残のロールオーバーや翌期先出しのレート適用を求めます[10]。仮想化・コンテナ環境では、割り当て上限(CPU・メモリのリソース制限)をSLAに組み込み、カウントの根拠を事前に合意し、メトリクスの取得方法を双方で固定すると、後出しの解釈変更を防げます。

エンタープライズ契約を味方にする設計

ELAはベンダー有利に見えがちですが、設計次第で双方にとって予見可能性を高められます。単価据え置き(Price Hold)と年次ランプの同時設定、未使用分の翌期繰越、途中解約時の残債扱いの明文化、機能のサブスティテューション(上位・下位間の差額精算)、M&Aや事業売却時の権利移転とユーザー再割当の許容など、運用時の「ハマりどころ」を先に潰します。さらに、共同ロードマップ合意と早期アクセス枠、共同事例化やリファレンス提供と引き換えに、追加割引や導入支援を引き出す余地もあります[10][4]。

ベンダーごとの設計思想を理解する

監査ドリブンでコンプライアンスを重視するベンダー、ユーザー到達機能に価値を置くベンダー、クラウド消費量を主指標とするベンダーなど、設計思想が価格条件に反映されます。監査重視の相手には測定・是正プロセスの透明化を提案し、機能価値重視の相手には利用KPIを提示して段階的な機能ミックスを合意します。消費量重視の相手には、バーストとベースの二層コミットと95パーセンタイルの連動を持ち込み、技術的な抑制策(オートスケールの上限、予約・貯蓄の併用)をSOWに織り込みます。思想を踏まえた設計は、単なる割引要求よりも合意の速度と質を高めます。

価格だけに頼らない交渉術:タイミング、情報、設計

価格を動かす最大のレバーは、四半期・年度の営業目標と案件組成のタイミングです。顧客事例化や共同ウェビナー、競合排他レター、役員同席のレビューなど、ベンダーの社内承認が通りやすくなる非価格の材料を先に提示し、合意形成の地合いを作ります[8]。見積の起点は必ずこちらから提示し、合意して良い総額・機能・リスク配分を数字で定義したアンカーを打ちます。提示の精度は、可視化したKPIと需要予測の作り込みに比例します[4]。

また、臨むチーム体制も結果を左右します。ITAM・調達・法務・セキュリティ・財務の各担当が単一窓口の下に動く構造にし、役割と承認閾値を明確化します。メールやチャットではなく、意思決定のログを残せるワークスペースで、バージョン管理された見積り、条項比較、論点メモを一元管理すると、ベンダー側の「ボールを散らす」戦術に惑わされません。実務では、社内承認の締切とベンダーの四半期末を重ねる設計が有効です[7]。

加えて、社内の代替案を常時アップデートし、競争環境を可視化します。RFPのフォーマットを定常化し、価格以外の評価指標(セキュリティ証跡、SLO、移行支援、サクセスクライテリア)を合意したうえで、2〜3社のショートリストと限定的なPoCを走らせると、値引きではなく構成の良案が出やすくなります。検討の場では、比較表だけでなく、業務要件に紐づいたストーリーで伝えると、意思決定が早まります。

会話の運び方:実務フレーズと意図

実務では、言い回しひとつで空気が変わります。例えば初期提示額に対しては「当方の実効単価で見るとこの構成では合いません。スタンダード80、プレミアム20のミックスで、年次ランプを2%刻みに抑え、未使用分のロールオーバーを条件に再計算してください」と返します。監査の話が出たときは「測定方法の相違は認識しています。実測データと是正計画を提示しますので、将来契約の単価と最低コミットの見直しを同時に議論しましょう」と前向きに転換します。条項のすり合わせでは「DR環境は読み取り専用であり、商用負荷を想定しません。非アクティブ計上とする文言を加えてください」と、具体の運用を条文化していきます。

ケースで学ぶ:どこに効くのか、どこが落とし穴か

以下は一般化したケース例(説明用の数値)です。製造業A社のような設計部門で並行ユーザー型PLMを利用するケースでは、同時接続の95パーセンタイルで権利数を再設計します。過去12か月の実測が平均700、ピーク1000、95パーセンタイル850というプロファイルであれば、名目1000から約15%の権利削減を即時反映し、短期バーストはトークンに振り替える、といった構成が現実的です。加えて、プレミアム機能の実利用が全ユーザーの17%なら、プレミアムの上限を20%に固定し、残りをスタンダード化することで、年間総額を約2割程度圧縮しつつ、監査条項の測定基準も固定化して将来の解釈変更リスクを抑える設計が考えられます[5]。

ITサービスB社のように、部門ごとにバラバラなSaaS契約を共通期日に揃え、更新手前の90日で機能ミックスと利用KPIの棚卸しを回す運用に切り替えると、重複するコラボレーションツールの整理と、セキュリティ製品のバンドル見直しを同時に進めやすくなります。アカウントの休眠が60日を超えたら自動的に権利返却待ちに移すワークフローを設計すれば、初年度で1割超、2年で2〜3割の支出削減が狙えるケースもあります。標準化したRFPで競争環境を維持した結果、ベンダー側の値上げ要求が年2%程度の上限に収まる、といった落とし所に着地しやすくなります[6][7][8]。

一方で、落とし穴もあります。仮想化基盤のライブマイグレーションで一時的に別ホストにワークロードが移った際のカウント扱い、クラスタの待機系、DRサイトの年次テスト、API経由の間接利用(いわゆる多重化)など、計測の境界が曖昧だと後から非準拠扱いされるリスクがあります。これを避けるには、技術設計書に計測前提を織り込み、監査条項で測定ツール・集計期間・除外条件を固定し、追加ノードや新機能の扱いを事前合意しておく必要があります。運用設計と法務文言を同期させることが、長期的なコスト最適化につながります[5]。

まとめ:価格は「設計」で下げる、データで守る

ライセンスの取り決めは、強い言葉や単発の割引で勝つゲームではありません。権利・展開・利用の三層をそろえ、需要の山谷を把握し、価格モデルの癖と条項の重力を理解したうえで、望ましい構成をこちらから設計して提示する行為です。利用KPIが整えば、値下げ交渉は「単価」から「設計」へと自然に移り、数値で健全に合意できます。初年度の圧縮幅は1割前後でも、ミックス見直しと条項最適化を継続すれば、中期では2〜3割の改善が見込めるとする報告もあります[9]。

次の更新まで90日を切っているなら、まず実測データの収集とミックス案の作成から始めてください。合意のアンカーとなる総額・機能・リスク配分の案を自分たちで定義できたとき、提示額は動きます。今日、どの製品のどのKPIから計測を始めますか。チームを集め、計測と設計のカレンダーを引き、主導権をあなたの側に移しましょう。

参考文献

  1. CIO Dive. SaaS spend control and enterprise challenges. https://www.ciodive.com/news/saas-spend-control-enterprise-flexera/608257/
  2. Zylo. Organizations only utilize 60% of SaaS licenses, leaving 40% unused. https://zylo.com/news/zylos-saas-management-index-reveals-organizations-only-utilize-60-of-saas-licenses-leaving-40-unused/
  3. Flexera. Effective License Position (ELP) and why it’s necessary. https://www.flexera.com/blog/it-asset-management/effective-license-position/
  4. NPI Financial. Negotiating Software License Agreements. https://www.npifinancial.com/blog/negotiating-software-license-agreements
  5. J-STAGE. ソフトウェア・ライセンスマネジメントの重要性とTCO削減. https://www.jstage.jst.go.jp/article/officeautomation/22/2/22_KJ00001993928/_article/-char/ja/
  6. SBbit.jp. (1)競争(コンペ)を交渉の基本材料に活用する重要性 ほか. https://www.sbbit.jp/article/cont1/37564
  7. SBbit.jp. 内部コミュニケーションと情報管理の重要性に関する指摘. https://www.sbbit.jp/article/cont1/37564
  8. SBbit.jp. (3)タイミング:四半期末・年度末に取引が集中する傾向. https://www.sbbit.jp/article/cont1/37564
  9. Flexera. Gartner report: Cut Software Spending Safely with SAM. https://www.flexera.com/blog/it-asset-management/gartner-report-cut-software-spending-safely-with-software-asset-management-sam-2/
  10. Software Negotiation Experts. Negotiation tactics for licensing. https://softwarenegotiationexperts.com/negotiation-tactics-for-licensing/