Article

開発ベンダー複数社体制のメリット・デメリット:リスク分散の考え方

高田晃太郎
開発ベンダー複数社体制のメリット・デメリット:リスク分散の考え方

大規模ITプロジェクトの成功率は複数の独立調査でおおむね3割前後に留まる、という事実はもはや珍しい見立てではありません¹²。成功を阻む要因のうち、外部委託(アウトソーシング)に起因するリスクは、人材の流動、サプライチェーンの障害、責任境界の曖昧さなど複合的です。国内外のレビュー事例や監査報告を横断的に見ても、単一ベンダー体制は調達の単純さの代償として**単一障害点(SPOF:Single Point of Failure)を抱えやすく、逆に複数社(マルチベンダー)体制は協調コスト(コーディネーションに掛かる恒常費)**が跳ね上がる傾向が明確でした。つまり、どちらを選ぶかは信仰ではなく、リスク分散によって削減できる期待損失と、コーディネーションに要する恒常コストの綱引きです。この記事では、CTOや開発責任者が意思決定に使えるよう、リスクの期待値、TCO(総保有コスト)、アーキテクチャ、契約・ガバナンスの観点から、複数社体制(マルチベンダー)のメリットとデメリットを実務レベルで整理します。キーワードとしては、ベンダーロックイン回避、RFP/入札、SLA/SLO、DORA指標、PMO、内製化、ドメイン駆動設計、マイクロサービス、CI/CD、SREなどを前提に議論します。

なぜ複数社体制が議論されるのか:リスクを期待値で捉える

単一ベンダー体制の最大の利点はコンテキストの一貫性です。仕様理解、レビュー手法、開発プロセス、テスト資産が一か所に集約されるため、移送ロスが少なく、交渉窓口も一本化できます。一方で、離職やリソース逼迫、方針変更が発生した際のショックは直撃します。特にプロダクトの中核ドメインに深く埋め込まれたナレッジが流出すると、回復には数四半期単位の時間が必要になりがちです。いわゆるベンダーロックイン(特定ベンダーへの依存が高まり代替が難しくなる状態)のリスクもここに重なります。

複数社体制はこのショックを吸収します。極端に単純化して、ある期間に重大な供給停止を起こす確率を各ベンダーで q と置くと、ドメインを適切に分割し独立性が高ければ、同時停止の確率は概ね q の二乗に近づきます(例:q=10%なら同時停止は約1%)。もちろん現実には相関が存在します。共通のプラットフォームや依存SaaS障害、共通プロセスのボトルネックなどが相関を高めるからです。それでも、分割の仕方がよければ重篤インシデントの発生確率と影響度の双方を下げやすいことは、実務でも理論でも一致します。

期待値でもう一歩踏み込みましょう。年間の恒常コスト増分が調達・PMO(プロジェクト管理オフィス)・レビュープロセス・デリバリーの非効率で例えば8〜15%増えると仮置きします。他方、年に一度起こるかもしれない大型インシデントの復旧・逸失利益・信用コストが総額で数千万円から数億円に達するケースは珍しくありません³。複数社体制でこの発生確率を半分にできるなら、単純期待値でも回ることがあります。さらに重要なのは損失分布の裾の太さです。IT障害の損失は正規分布ではなく裾が厚い傾向(テールリスクが大きい)にあり、テールリスクが大きいほど、分散投資と同じ理屈で分散の便益は相対的に増大します。

速度についての懸念も定量で捉えられます。DORA指標(デプロイ頻度・変更のリードタイム・変更失敗率・サービス復旧時間)で見るパフォーマンスは、アーキテクチャの疎結合度とガバナンスの整備状況に強く依存します⁴。境界を明確にした機能分割に成功すれば、複数社体制は平行開発のスループットを高めます。逆に、単一の境界づけられていない巨大モジュールを複数ベンダーで触ると、コードオーナーシップの衝突やレビュー待ち行列で速度が落ちます。ここから導かれる結論は単純で、組織構造をソフトウェア構造に反映させるというコンウェイの法則を前提に、境界設定の成否が速度をほぼ決めるということです⁵。

TCOの現実的な見積もりの枠組み

総保有コスト(TCO)の議論では、恒常費と期待損失の双方を置きにいくのが実務的です。恒常費には、ベンダーごとのキックオフ・教育・セキュリティレビュー・ツール統合の初期負担、定常運用でのコード規約やCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)の二重管理、PMOと調達(RFP/入札・契約更新)の手間が含まれます。期待損失側には、ベンダー由来の工期遅延・障害・品質不良の是正コストをあてます。ここに、ローテーションや価格査定がもたらす単価健全化や、ベンダー間の建設的な競争による品質改善のプラスも差し引きます⁶。結果として初年度はコスト増に見えやすいが、2年目以降に逓減し、かつテールリスクが抑制されるという形が多いはずです。

相関リスクを下げる設計の勘所

相関を下げる鍵は、分割と共通基盤の設計にあります。ドメイン境界をまたぐ変更が多発する状態は避けるべきで、API契約(サービス間インターフェースの仕様)を先に固定し、契約テスト(API契約順守を自動検証するテスト)で品質を担保すると、各チームが独立に進められます。共通基盤は薄く小さく、バージョニングと後方互換を強く意識します。観測性は共通のテレメトリーとダッシュボードに揃え、障害分析をベンダー横断で回します。こうした技術ガードレールが相関を実務的に引き下げ、マイクロサービスやイベント駆動のアーキテクチャとも相性が良い設計になります。

複数社体制のメリット:交渉力、レジリエンス、専門性

複数社体制の第一の利点は、交渉力の健全化です。価格だけの話ではありません。人員のシニアリティ構成、スケジュールの柔軟性、追加工事の単価、知財の取り扱い、SLA(サービス水準合意)の改定など、単一ベンダーでは譲歩が難しい条件も、選択肢を持つことで改善できます⁶。入札を形式的に繰り返すだけでは効果は薄く、実際に競争可能なスコープを提示し、成果に連動した評価を毎四半期回すことが重要です。

次に、レジリエンスです。リソースの逼迫や方針変更、突然の撤退といったショックを、別の供給源が緩衝します。ここで効くのは最低限の冗長性の設計で、例えばコアドメインのレビュー責務を2社に交差させ、どちらかが不在でもクリティカルなリリースが止まらないという状態を保ちます。障害対応でも、合同のポストモーテム(責任追及ではなく学習を目的とした振り返り)と是正計画を共有し、改善施策をベンダー横断のバックログとして管理することで、単独では起きにくい手触りのある学習が生まれます。

三つ目は専門性の獲得です。フロントエンド、モバイル、バックエンド、SRE(Site Reliability Engineering)、データ、セキュリティなど、能力面での尖りはベンダーごとに異なります。モダンなUIを得意とする企業、堅牢な決済・認証に強い企業、機械学習のMLOpsに長けた企業を、ドメイン境界に沿って組み合わせると、品質のボトルネックが解消しやすくなります。単一社に広いスペクトラムの卓越性を求めて契約単価を吊り上げるよりも、分割で最適化したほうが、結果としてアウトカムあたりのコストは下がることが多いのです。

デメリットと失敗パターン:責任の拡散、速度低下、見えないコスト

失敗が生まれる典型は、責任の拡散です。仕様の曖昧さや境界の曖昧さが重なると、障害や遅延の原因が「誰のボールか」論争に変質し、是正の初動が遅れます。これは契約とガバナンスで予防します。成果の定義、検収基準、品質指標、変更手続き、インシデントの役割分担、エスカレーションの時間帯と窓口など、期待値の文章化が足りないと、いずれも暗黙の期待値違反として噴出します。

速度低下も落とし穴です。ベンダーごとにレビュープロセスやテスト戦略が違うまま並走すると、合流点での認知的負荷が高まり、待ち状態が増えます。統一のDefinition of Done(完了の定義)、共通のCI/CDパイプライン、非機能要件の合意、リリース可否のゲーティングを平台に揃えないと、最後の1マイルで失速します。さらに、ステークホルダーの意思決定がベンダー数に比例して遅くなる傾向は、ブルックスの法則の現代版として認識しておくべきです⁶。

見えないコストも侮れません。ナレッジの断片化を埋めるための横断的なアーキテクトやテックライター、PMOの稼働は台帳に載せにくい一方で欠かせません。セキュリティレビューや監査対応をベンダーごとに行う重複負担、ツールのライセンス管理、アクセス権のライフサイクル管理など、運用面の摩擦も増えます。これらは初期からコストとして明示し、TCOに折り込むべきです。

単一ベンダーが望ましい局面もある

複数社体制が常に正義とは限りません。ゼロイチの探索段階で仕様が揺れているとき、極端に小規模で密結合なシステム、規制対応で意思決定を超短期に回す必要があるときは、単一社で密度の高いコラボレーションを優先したほうが成果に近いことが多い。複数社化は、境界が見え、プロダクトの戦略が見え、共通プラットフォームと観測性の基盤が育ってきたタイミングで検討すると、負の摩擦を最小化できます。

成功させる設計原則と実務:スコープ、契約、アーキテクチャ、指標

まず、スコープの切り方から始めます。ドメイン駆動設計(DDD)の境界づけを大枠にし、原則として一つの有界コンテキストは一社がオーナーになり、隣接するコンテキストとはAPIで結ぶという構図が安定します。API契約を先に固定し、スキーマとエラーモデル、レート制御、互換性ポリシーを文章化します。契約テストをベースに、破壊的変更はバージョンを上げて移行期間を定めます。共通プラットフォームはプラットフォームチームや内製コアで持ち、CI/CD、ランブック、観測性、脆弱性管理を横串で統一します。これにより、各社は自チームの速度を最適化しつつ、全体の整合性を損なわずに進められます⁵。

契約は成果連動に寄せます。人月の単価調整だけでなく、DORAの四指標やSLO(サービス目標値)遵守率、欠陥の再発率、変更の失敗率、リリースの安定度など、結果に近いKPIを四半期の評価に組み込みます⁴。重大障害時の是正措置や、再発防止に対するコミットメント、ナレッジの寄贈(ドキュメント・テスト資産・IaC)、知財と派生物の帰属、退出時のハンドオーバー手順まで、後から揉める争点は最初に明文化します。さらに、競争環境を維持するために、作業範囲の一定割合をローテーション可能なカタログ化されたSoW(Statement of Work)で管理すると、パフォーマンスの高いチームに自然に仕事が寄る健全なダイナミクスが生まれます。

ガバナンスは軽量かつ反復的に設計します。四半期ごとのビジネスレビューで、ロードマップ、ベロシティ、品質、コスト、リスクをベンダー横断のスコアカードに集約し、事実に基づく会話を可能にします。インシデント運用は、合同の当番制とエスカレーション、ブレームレスのポストモーテム、是正アクションの期限とオーナーを明確にします。技術的意思決定はアーキテクチャ審査会で軽量に回し、ADR(Architecture Decision Record:設計判断の記録)でログを残します。内製側は10〜20%のシャドーキャパシティを常時確保し、プラットフォームと重要レビュー、セキュリティとSREの要所を自前で持つと、知識のブラックボックス化を防げます。

指標設計はシンプルかつ共通にします。デプロイ頻度、変更のリードタイム、変更失敗率、サービス復旧時間というDORAの4指標をベースに、プロダクトごとのSLO(可用性・遅延・エラーバジェット)を合同で管理します⁴。プラットフォーム横断のダッシュボードで各社の実績を同じ物差しで可視化すると、無益な主観争いが減り、議論は施策に集中します。SLO違反が続く場合は、改善のための集中期間を設定し、ロールアウトを遅らせても品質投資を優先する意思決定を全社で共有します。

移行の段取りも重要です。単一社から複数社への移行では、まず読みやすい境界から外出しし、最初の2サイクルは既存ベンダーのレビュー同席とペア実装でナレッジを移します。並行期間中に、モジュールの所有権、エラー予算、オンコール責務、デプロイ権限を順次切り替えます。契約開始前にセキュリティ・コンプライアンスのチェックリストとアクセス権ライフサイクルを整備し、入場・退場の運用を自動化しておくと摩擦が激減します。RFPで求める要件は、非機能(可用性・パフォーマンス・セキュリティ)とオブザーバビリティ要件まで明示しておくと、移行後の齟齬が減ります。

さらに深く学びたい方は、評価と可視化に関する具体的な方法論をまとめた「ベンダースコアカードの作り方」、サービス品質契約の設計指針を解説した「SLA/SLO設計の実務」、組織と設計を結びつけるための「アーキテクチャ・ガバナンス入門」、役割と責任の明確化に役立つ「RACIテンプレート活用術」も参照してください。

意思決定フレーム:いつ、どの程度、どう分けるか

意思決定の出発点は、対象システムと事業のリスクプロファイルです。可用性のSLOが厳しい領域、規制・監査の負荷が高い領域、顧客影響が大きいコアは、冗長性を厚めに取る価値が高い。逆に、探索的で頻繁に仕様が変わる領域は、単一社か内製で回して意思決定密度を上げたほうが良い。分散の度合いは、ドメインの独立性、相関要因の有無、チームの成熟、共通基盤の整備状況に応じて段階的に上げます。段階的というのは、契約も体制も小さく始め、学びに応じて拡大するということです。

まとめ:分散は目的ではない。結果に効く設計を選ぶ

複数社体制は、目的そのものではありません。事業継続性を高め、顧客価値のデリバリーを安定化し、将来の選択肢を増やすための手段です。単一社か複数社かという二元論を離れ、プロダクトのリスクと速度の要件、組織の成熟、アーキテクチャの疎結合度を一枚の絵にしてから判断すると、意思決定は驚くほど澄みます。今日できる具体的な一歩として、現行体制で最も相関が高いリスクを一つ可視化し、そこに効く境界の再設計と観測性の強化を小さく試してみてください。うまくいけば、その成功パターンをもう一つのドメインにも広げ、契約・指標・ガバナンスを追随させるだけです。分散は魔法ではありませんが、適切に設計された分散は速度と品質と韌性の同時達成に現実的な道筋を与えてくれます。マルチベンダーを前提にしても単一ベンダーを選ぶにしても、ベンダーロックイン回避と可観測性を軸に、あなたの組織はどの境界から健全な分散を始めますか。

参考文献

  1. 日経XTECH(日経コンピュータ). ITプロジェクトの成功率に関する分析(814件の有効回答で成功率31%). 2008. https://xtech.nikkei.com/it/article/NC/20081126/319990/
  2. SSAITS プロマペディア. プロジェクト成功・失敗に関する解説(国内外の統計紹介). 2021. https://ssaits.jp/promapedia/articles/20210927.html
  3. Impress Watch デジタルクロス. 大規模医療情報システム障害の費用影響に関する記事(調査・復旧費、逸失利益が数億〜数十億円規模). 2024. https://dcross.impress.co.jp/docs/column/column20240314/003608-2.html
  4. Nicole Forsgren, Jez Humble, Gene Kim. Accelerate: The Science of Lean Software and DevOps. IT Revolution, 2018.
  5. TechTarget SearchAppArchitecture. The enduring link between Conway’s Law and microservices. https://www.techtarget.com/searchapparchitecture/tip/The-enduring-link-between-Conways-Law-and-microservices
  6. Lvivity. Single vendor vs multi-vendor outsourcing: Pros and cons. https://lvivity.com/single-vendor-vs-multi-vendor-outsourcing