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低コード/ノーコード開発はここまで進化した!最新動向と活用例

高田晃太郎
低コード/ノーコード開発はここまで進化した!最新動向と活用例

Gartnerは、ローコード/ノーコード(LCNC)開発への世界の支出が2026年までに約445億ドルへ拡大し、2025年までに新規アプリの70%がLC/NCを活用すると予測しています[1]。また、企業内アプリ需要はITの供給能力を大きく上回る(しばしば「5倍」と引用される)との指摘もあります[2]。Forresterは市場規模が2028年に約500億ドルへ迫る可能性を示し[3]、生成AIの普及が採用をさらに加速しています[4][5]。主要ベンダーの発表や公開事例を横断的に見ると、もはや“簡易ツール”の域を超え、基幹周辺や顧客向けフロントの一部まで担える実力が現実味を帯びてきました。重要なのは、スピードとガバナンス(統制)、拡張性という三点の同時達成です。言い換えれば、現場主導の創造性にブレーキをかけずに、セキュリティと運用の責任をどう両立させるか。ここにCTOとエンジニアリング組織の腕の見せ所があります。

進化の現在地:市場動向と“実用域”に入った理由

LCNCが“実用域”に達した背景には三つの変化が重なっています。第一に、プラットフォームの抽象化が進み、データモデリング、アクセス制御、監査、リリース管理といったエンタープライズ機能が標準装備になりました。第二に、APIエコシステムが成熟し、SaaS(クラウド提供の業務アプリ)や社内サービスと低摩擦で連携できるようになりました。第三に、生成AIが要件定義とUI構築の初期作業を大幅に短縮し、プロトタイプの反復速度を一段引き上げています。各種調査やベンダーの公開データでは、要件確定までのリードタイムや一次リリースまでの期間短縮が顕著で、内製アプリの平均開発期間が数週〜数カ月へと圧縮されるケースが増えています[5]。

生成AIが引き上げた“最初の一歩”の速さ

テーブル定義の自動生成、画面のたたき台作成、テストケース候補の生成など、生成AIの補助はLCNCの価値提案と相性が良好です。Microsoft Power AppsのCopilot、SalesforceのEinstein、Google AppSheetのAIアシストといった実装は、自然言語からデータモデルと画面を起こし、その場でプレビュー可能にしました[4]。これにより、POC(概念実証)開始までの初期コストが下がり、ビジネス部門との認識合わせが早く、正確になります。なお、初回リリースまでの日数が「最大で約50%短縮」とする報告はベンダーの発表に基づくものであり[5]、効果の度合いは組織や案件の特性に依存します。

“社内ミッションクリティカル周辺”での定着

在庫可視化、現場点検、契約ワークフロー、B2Bポータルなど、基幹システムの外縁に位置するアプリは変更頻度が高く、完全スクラッチよりLCNCが有利になりがちです。運用面では、行単位のアクセス制御や変更履歴の保持、段階的リリースとロールバックが求められますが、主要プラットフォームはこれらをカバーしつつ、クラウド原生の拡張ポイントを提供します。結果として、“現場のスピード”と“中央の統制”の両立が、設計と運用の工夫次第で現実化しつつあります。

活用シナリオとアーキテクチャ:現場駆動を安全に速く

典型的な現場業務アプリでは、データは共通のデータプラットフォームや既存のRDB(リレーショナルデータベース)に置き、認証はIdP(Identity Provider)で一元化し、画面はLCNCで構築します。ビジネスルールの一部はプラットフォームのフロー機能に実装し、計算量の多い処理や外部連携のハブはサーバレス関数(イベント駆動で実行される関数)やコンテナ化したマイクロサービスへ退避します。こうした分割により、変更頻度の高いUIとルールは現場中心で回しつつ、セキュリティやパフォーマンス要件が厳しい部分はソフトウェアエンジニアが責任を持って実装できます。

標準構成の考え方:UIはローコード、制御はAPI

UI層はローコードで迅速に回し、データアクセスと権限はAPI経由に限定する、というレイヤリングが基本です。クライアント直結のコネクタは即応性に優れますが、監査・統制の観点でAPIゲートウェイ(レート制限・認証/認可・監視の集約点)を経由する構成が望ましい場面が多くあります。ゲートウェイはレート制限、認可、監視の集約点になり、変更管理の境界としても機能します。

ハイブリッド拡張の一例:検証ロジックを関数へ退避

次のようなサーバレス関数を用意し、ローコード側からカスタムコネクタで呼び出すと、ドメインロジックの品質と再利用性を保ちながら、UIの変更を高速化できます。

// Node.js (Express on Cloud Functions/Azure Functions equivalent)
import express from 'express';
import { z } from 'zod';

const app = express();
app.use(express.json());

const Payload = z.object({
  requestId: z.string().uuid().optional(),
  items: z.array(z.object({ sku: z.string(), qty: z.number().int().positive() }))
});

app.post('/validate', (req, res) => {
  const parsed = Payload.safeParse(req.body);
  if (!parsed.success) return res.status(400).json({ ok: false, errors: parsed.error.issues });
  const tooLarge = parsed.data.items.some(i => i.qty > 1000);
  if (tooLarge) return res.status(422).json({ ok: false, reason: 'QTY_LIMIT' });
  return res.json({ ok: true });
});

export default app;

このエンドポイントをOpenAPIで定義してカスタムコネクタ化すれば、ローコード画面の保存ボタンに同期検証を組み込みつつ、将来のロジック変更はサーバ側で独立して行えます。

{
  "openapi": "3.0.1",
  "info": { "title": "Validation API", "version": "1.0.0" },
  "paths": {
    "/validate": {
      "post": {
        "requestBody": { "required": true, "content": { "application/json": { "schema": { "$ref": "#/components/schemas/Payload" } } } },
        "responses": { "200": { "description": "OK" }, "422": { "description": "Unprocessable" } }
      }
    }
  },
  "components": {
    "schemas": {
      "Payload": {
        "type": "object",
        "properties": { "requestId": { "type": "string", "format": "uuid" }, "items": { "type": "array", "items": { "$ref": "#/components/schemas/Item" } } },
        "required": ["items"]
      },
      "Item": { "type": "object", "properties": { "sku": { "type": "string" }, "qty": { "type": "integer" } }, "required": ["sku", "qty"] }
    }
  }
}

クエリや行単位の権限制御が必要なケースでは、RDBの機能を積極的に使い、アプリ側の条件分岐を減らします。PostgreSQLのRow-Level Security(行レベルセキュリティ、RLS)は、ローコードからのアクセスでも強力に効きます。

ALTER TABLE orders ENABLE ROW LEVEL SECURITY;
CREATE POLICY tenant_isolation ON orders
  USING (tenant_id = current_setting('app.tenant_id')::uuid);

アプリは接続時にセッションパラメータ app.tenant_id を設定するだけで、同一クエリでもテナント毎に自動で絞り込まれます。権限の責務をデータ層へ寄せることで、ローコード画面のロジックは単純化され、変更も安全になります。

ガバナンスとセキュリティ:スピードと統制の両立術

LCNC導入の最大のつまずきは、“シャドーITの再来”です[6]。回避の鍵は、公開・削除・権限申請といったライフサイクルをプラットフォームに明示し、利用者の行動をログとポリシーで先回りして案内することです。具体的には、環境を本番・検証・個人サンドボックスに分け、DLP(Data Loss Prevention)ルールで接続先の組み合わせを制約し、監査ログをSIEM(Security Information and Event Management)で一元分析します[7]。承認フローとテンプレート化されたアプリケーションの“ひな型”を提供すると、作り直しを防ぎ、レビュー工数を削減できます。

アイデンティティと最小権限、監査の設計原則

認証はIdPに寄せ、アプリ内の細粒度権限はグループベースで付与します。すべての外部接続はサービスプリンシパル等のマネージドIDへ統一し、個人トークンの利用を避けます。重要イベント(データの大量抽出、DLP違反試行、共有設定変更など)はリアルタイムで検知し、SOC(Security Operations Center)と連携します。変更はGit連携のALM(Application Lifecycle Management)で管理し、レビューとロールバックを自動化します[7]。これにより、現場のスピードを落とさずに、統制の“見える化”が進みます。

パフォーマンスとSLA:どこまでLCNCで戦えるか

高頻度トランザクションや複雑な同時編集には注意が必要です。テーブル分割、非同期化、キャッシュ戦略を設計に織り込み、ボトルネックは早期にサービス分離します。UIはローコード、集計・検索は検索基盤へ、重計算は関数やキューで非同期化といった役割分担を徹底することで、高トラフィックを処理しながら機能追加の速度を維持できます。

プラットフォーム選定とROI:比較軸と導入ロードマップ

選定では、利用者体験、拡張性、統制機能、価格、データ所在地(レジデンシー)、レイテンシ、SaaS連携の幅を総合判断します。現場ユーザーの“最初の10分”のつまずきの少なさは採用率に直結します。一方で、カスタムコネクタ、OpenAPI対応、イベント駆動のフロー、コードへのエスケープハッチはエンジニア組織の生産性と保守性を左右します。データはロックインの温床になりやすいため、エクスポートとバックアップの仕組み、外部RDBの第一級サポートも確認が要ります。

ROIモデルの試算:時間短縮と再利用が効く

例えば、年5本の部門アプリをスクラッチで各12週間かけていた組織が、LCNCで各5週間へ短縮できたとします。プロジェクトあたり7週間の短縮、5本で合計35週間、フルタイム相当で約0.7人年の削減です。平均人件費と機会損失を加味すれば、年間数百万円規模の効果は現実的です。加えて、共通コンポーネントの再利用が進むと、二本目以降の立ち上がりがさらに20〜40%速くなります。ライセンス費や教育コストを含めても、初年度回収や12〜18カ月のペイバックは十分射程に入ります。

導入の実務:フュージョンチームで始め、小さく早く回す

成功確率を高めるために、現場リード、プロダクトオーナー、プラットフォーム管理者、セキュリティ、アプリ開発者からなる小さなフュージョンチームで始めます。最初の対象は、データが散在し、変更頻度が高いがSLAは緩いプロセスが適しています。テンプレートと命名規約、接続ポリシー、レビュー基準を文章化し、カタログ化された“部品”を配布します。3カ月で成果を可視化し、スケールに備えて育成プログラムとALMを整えます。

ここまで見てきたように、ローコード/ノーコードは“選べば終わり”の道具ではありません。アーキテクチャで責務を分離し、ガバナンスを設計し、計測しながら改善することで、はじめて組織能力になります。あなたの組織では、どのプロセスが最もボトルネックになっているでしょうか。まずは1つ、リスクの低い領域で短期の内製プロジェクトを立ち上げ、ビジネス価値と学びを同時に獲得してみてください。スピード、統制、拡張性の三点を同時に満たす“現実解”は、もう手の届くところにあります。

参考文献

  1. Gartner(日本語プレスリリース): ローコード開発技術に対する世界の支出は2026年までに445億ドルまで拡大、2025年までに新規アプリの70%でLC/NCを使用 リンク
  2. NTTデータ イントラマート IM-Press: LCAP選定のポイント(Part 2)— ガートナーによる「アプリ需要はIT供給の5倍」などの指摘 リンク
  3. Forrester Blog: The low-code market could approach $50 billion by 2028 リンク
  4. Microsoft Power Platform Blog (2023-03-16): Announcing a next-generation AI Copilot in Microsoft Power Apps リンク
  5. Microsoft Power Platform Blog (2024-09-09): Millions of hours saved, 50% faster app development, and 206% ROI with Power Apps Premium リンク
  6. Mendix(日本語): ガバナンス — シャドーITとは何ですか? リンク
  7. Microsoft Learn: What is low-code governance and why it is necessary リンク