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長期契約 vs 短期契約、どちらがお得?SES利用期間の最適解

高田晃太郎
長期契約 vs 短期契約、どちらがお得?SES利用期間の最適解

平均してオンボーディング(受入〜立ち上げ)には20〜40営業日が必要で、その間の生産性は40〜60%に留まるという現場実感は、多くのCTOやエンジニアリングマネージャーに共有されています⁶。SES(システムエンジニアリングサービス)など社外人材の稼働は立ち上がりに時間がかかり、離任時には業務知が抜け落ちやすい⁴。調達と交渉の手間まで含めると、見えている人月単価だけでは判断を誤ります。各種公開資料や一般的な試算・ヒアリング事例に基づけば、調達・交渉・受入・離任の周辺コストが人月単価の7〜15%に達するケースがあるとされます(名目単価に現れにくいTCO=Total Cost of Ownershipの要素)²³。外部人材の戦略的活用は政策白書でも重要性が示唆されています¹。では、長期契約は割引や確保の安定性がある一方でロックインの懸念があり、短期契約は柔軟だがオンボーディング損失が積み上がる。このトレードオフを、感覚ではなく数式と運用で解くのが本稿の狙いです。

長期と短期の総コストを比較する視点

意思決定をぶらさないために、成果1ポイントを得るのに要した総コスト、すなわち「生産性あたりTCO(Total Cost of Ownership)」で考えます²³。TCOは、名目の人月単価に、受入と管理にかかる社内工数コスト、調達・交渉の固定費、離任時の引き継ぎ損失(ナレッジロス)を加えたものです。分母は期間中の有効生産性、すなわち稼働時間に生産性係数(立ち上がりやシャドーイング、レビュー待ちによる目減り)を掛けたもの。単価が同じでも、分母が痩せれば割高になり、受入・離任が頻発すれば分子が肥大します。契約期間はここにまっすぐ影響します。

モデル化:生産性あたりコストの試算

以下は試算例です。人月単価80万円、オンボーディングに40時間(社内時給6,000円換算で24万円の受入コスト)、PM/EMの管理工数が10%(月8万円相当)、離任時の引き継ぎが24時間(約14.4万円)、調達と法務の事務コストが一回あたり10万円と置きます。3カ月の短期を1サイクル、12カ月の長期を1サイクルとして比較すると、短期はサイクルごとに受入・離任・事務コストが全額再発。長期はそれらの固定費が希釈され、さらに3〜8%程度のボリュームディスカウントが提示されることもあります。生産性係数は、1カ月目50%、2カ月目80%、3カ月目以降90%という保守的な前提を置くと、3カ月サイクルは常に立ち上がり損が効いて、有効生産性の面積が12カ月連続稼働よりも15〜25%小さくなる場面が多い。結果として、名目単価が同じでも、短期の生産性あたりTCOは10〜20%割高に出やすくなります。

ケース比較:3カ月更新と12カ月固定の実額感

具体的に積んでみます。短期3カ月で単価80万円なら、名目費用は240万円。受入24万円と離任14.4万円、調達10万円、管理工数24万円が周辺費用で、総額は約312.4万円。一方、有効生産性は1カ月目0.5、2カ月目0.8、3カ月目0.9を足して2.2人月相当。すると生産性あたりコストは約142万円/人月へ。長期12カ月で単価が3%下がって77.6万円、名目総額は約931.2万円。受入24万円と離任14.4万円、調達10万円は初回のみ、管理工数は通期で約93.1万円。生産性は1カ月目0.5、2カ月目0.8、以降10カ月が0.9で計9.6人月相当。すると生産性あたりコストは約113万円/人月。条件によって幅はありますが、同一単価帯でも12〜25%の差が現れます。短期の機動性(例えば要件の急な変化対応やベンダー検証)がその差額を上回る局面でのみ、このプレミアムを許容すべきだと読み解けます。

リスクとオプション価値:不確実性にどう備えるか

契約期間は保険でもあります。ここで言うオプション価値は、要件の揺れ、ロードマップの後ろ倒し、景気の変調、供給サイドの欠員といった不確実性に対して、意思決定を後ろに倒せる権利(柔軟性)のこと。短期は終了権を手元に残せるため、環境の変化に俊敏です。逆に長期は終了権が制約される代わりに、価格と人材確保の安定性を“購入”するイメージ。実務では、単純な3カ月か12カ月かではなく、終了条項と料金見直し条項で“短期の柔軟性”を長期に埋め込む発想が有効です⁵。

短期契約が有利になる条件

プロダクトの適合性検証(PMF=Product-Market Fit前段階)で、要件が四半期ごとに大きく変わり得る局面は、短期が合理的です。アーキテクチャの解体と再構築が続く時期は、過去の知識が陳腐化しやすく、離任損失が相対的に軽くなります。さらに、社内側の受入工程が標準化され、オンボーディングを1〜2週間に圧縮できる組織では、短期の不利が縮みます。品質のばらつきが読めない新規ベンダーの試用段階でも、短期は検証コストを制御する安全装置になります。

長期契約が有利になる条件

ロードマップが年次で確定している、もしくはSLO/SLA(サービスレベル目標/合意)に基づく継続的な改善が主眼のフェーズでは、長期が勝ちます。保守・運用の定常業務、基盤開発の長尺タスク、規制準拠対応のように、蓄積したドメイン知が力を発揮する領域では、離任損失が大きく、長期で希釈する効果が高い。加えて、補充リードタイムの短縮と、離任時の指名代替を契約に織り込めば、供給リスクも抑えられます。価格は半年経過後の段階見直し、需要が縮小した場合の段階的な削減枠を入れておくと、景気後退局面での負担感も小さくなります。

チーム設計:安定したコアと柔軟なリング

契約期間の話は、チーム設計と不可分です。すべてを短期で固めてしまうと、立ち上がり損失が累積し、レビューループも長くなります。逆に全員を長期で固めると、戦略のピボット時にフットワークを失います。私の提案は、コアは長期で安定、周辺は短期で機動という二層構造です。ドメイン知とアーキテクチャの整合性を長期のコアメンバーに持たせ、季節性や実験的取り組みは短期のリングで吸収します。これにより、平均の生産性係数を底上げしつつ、需要のピークにも対応できます。

知識保持と引き継ぎの設計

短期を取り込むなら、離任損失を設計で小さくする必要があります。設計書や運用Runbook(手順書)を「継続ドキュメント化」すること、変更履歴をPull Requestに閉じずに決定記録へ同期すること、意味のあるアーキテクチャ境界でコンポーネント責任を切ること。日次のデイリーノートと週次のリスクリストを維持しておくと、交代の摩擦は目に見えて減ります。ナレッジの形式知化が進むほど、短期人材の立ち上がりは早まり、長期の価値もさらに増幅します。

稼働率とスループットの最適化

生産性は個々の稼働率ではなく、チームのスループット(単位時間あたりの価値創出)で測るべきです。長期のコアがレビューや仕様決定のボトルネックになっているなら、短期をいくら増やしてもスループットは伸びません。逆に、コアに十分な決定権とレビュー余力があり、バックログが明確であれば、短期の追加投入は素直に成果へ転換します。スプリントあたりの完成価値(ストーリーポイントではなく、ユーザー影響や収益寄与の指標)をベースに、人件費/価値の比率を観測すると、契約期間のポートフォリオが数字で評価できるようになります。

契約交渉とKPI:失敗しない実務ポイント

経済性が長期有利でも、条項が拙ければロックインの痛みが残ります。ここでは、短期の柔軟性を長期へ組み込む実務上の工夫を整理します。まず終了条項です。利便性による解約(Termination for Convenience)は、30日予告かつ残余期間の一定割合のキャンセルフィー上限を定義しておくと、計画変更時の負担が読みやすくなります⁵。次に価格条項。半年経過後の単価見直しウィンドウと、プロジェクト縮小時の段階的削減枠(例として最大20%までの人員スライド)を入れておくと、景況の影響に耐えます。品質条項は、欠員発生時の補充リードタイムと、適合しない場合の無償交代SLAを数値化。これらをセットにして、長期の安定と短期のオプションを同居させます。

KPIとレビュー運用

KPIはベンダー比較に耐えるものを選びます。週次のアクセプト率、欠陥の再発率、計画対比のスループット、レビュー遅延時間、補充のリードタイム、交代時の立ち上がり時間など、成果と供給の双方を測る二軸が有効です。契約は紙で終わりません。四半期ごとにQBR(Quarterly Business Review)を開催し、KPIの達成状況に応じて単価・人員構成・期間延長を機械的に調整します。交渉は事例ベースで進め、成果の再現性が高い人材については、コアへの登用や年次契約への移行を提案。逆に適合しない場合は、短期の終了権でリスクを抑えます。

プロジェクト類型別:期間の最適解を言語化する

PoCや実験的取り組みでは、短期のリングを厚めに敷いて、終了権の強いアグリーメントに寄せるのが安全です。ロードマップが年単位で既知の基盤開発では、長期のコア比率を高め、価格見直しと無償交代SLAを丁寧に織り込みます。運用と保守は、長期のコアで知識を固定し、波動は短期で追随するのが効率的です。プロダクトの立ち上げ後半やPMF前夜のように、要件の変化が徐々に収斂していくフェーズでは、四半期ごとに短期を長期へ移し替える転換点を用意すると、オンボーディング損失を最小化しつつ、コスト曲線を滑らかにできます。判断材料はすべて数字で揃えましょう。受入に何時間掛かったのか、レビュー待ちで何時間寝かせたのか、交代に何日要したのか。こうした実測が、次の契約期間の答えを静かに教えてくれます。

まとめ:期間は“最適化する対象”であって前提ではない

長期か短期かは、信条ではなく計算と運用で決められます。名目単価ではなく、生産性あたりTCOで比較する²³。オンボーディングと離任の損失を可視化して、固定費を期間で希釈する。終了権と価格見直しを条項に織り込んで、長期に柔軟性を持たせる。チームはコアを長期で安定させ、リングを短期で機動させる。これらをKPIでモニターし、四半期ごとに最適点へ寄せていく。次の四半期、あなたのチームはどのポートフォリオで走りますか。今あるプロジェクト計画に、契約期間の仮説と数字を一行加えることから始めてみてください。数字は嘘をつかず、あなたの判断に静かな自信を与えてくれます。