自社でリニューアル vs 外注:それぞれのメリット・デメリット

統計が示す通り、ITプロジェクトは想像以上に波乱をはらみます。古典的なMcKinseyの分析は予算・価値の未達を指摘しつつ、近年のレビューでも予算超過や遅延は一定割合で発生する傾向が確認されています²¹。見た目には“ページを作り替えるだけ”に映るWebサイトのリニューアルも例外ではありません。CMS(コンテンツ管理システム)の刷新、デザインシステム(UI部品とルールの集合)の再構築、SRE(Site Reliability Engineering)設計の見直し、SEO移行、法規制対応、そして顧客体験の連続性までを包含するため、意思決定の誤りは数カ月の遅延や大きな機会損失に直結します。だからこそ、内製で進めるか外部委託するかの選択は、情緒や慣例ではなく、目的・制約・資産・人材・リスクの5点で評価する必要があります。
意思決定の前提:目的・制約・資産を定義する
意思決定はまず「何のためのリニューアルか」を明確にするところから始まります。ブランド刷新でビジュアル体験を更新したいのか、ヘッドレスCMS(管理と表示を分離)やCDN最適化を通じてLCP(最大視覚コンテンツの描画)を2.5秒以下に収め、SEOとCVR(コンバージョン率)を同時に引き上げたいのか⁴、あるいは採用・IRなど非商用KPIの整理が主眼なのかで、必要なスキルと期間は大きく変わります。目的が定まれば、期日や法規制、レガシー資産の拘束、グローバル展開の要件など外せない制約が輪郭を持ちます。たとえば多言語・多通貨・複数のPIM/MA/CRM(商品・マーケ・顧客管理)連携が絡む場合、外部ベンダーの標準化された加速力が奏功しやすくなります。
技術資産の棚卸しも重要です。現行のデザインシステムは運用されているか、アクセシビリティはWCAG 2.2 AAを満たしているか、CI/CD(継続的統合・デリバリー)とプレビュー環境は安定しているか、Core Web Vitals(LCP/INP/CLS)は既にグリーン帯か⁴などを、現状値で把握します。たとえばLCPがモバイルで3.8秒、CLS(視覚のずれ)が0.18、TTFB(最初のバイトまでの時間)が1.1秒というスタートラインであれば、ヘッドレス化とエッジキャッシュの改善余地は大きい一方、MVP(実用最小限の成果)の切り出しなしに全面刷新を狙えば、ドミノ倒し的に遅延を招きます。複雑度を直感から引き剥がすために、ページ類型数、テンプレート数、外部API数、多言語・多地域の組み合わせ、アクセシビリティ・セキュリティ要件をスコア化する簡易指数を用いると、判断がぶれにくくなります。ざっくり言えば、指数が中位(たとえば5〜7程度)の案件は内製と委託のどちらでも戦える一方、8を超える案件は初期設計と実装加速に外部の力を戦略的に借りた方が、総所要期間と品質の分散が小さくなる傾向があります。
コストは“見える原価”だけでなく“機会費用”で比べる
内製は表面上のキャッシュアウトが抑えられて見えます。しかし実態は、エンジニアの完全負荷換算、PMやデザイナーの稼働、採用・教育・離職リスクの織り込み、そして本来のプロダクト開発が遅れる機会費用まで含めて評価すべきです。概算例として、シニアエンジニアの総コスト(月次の給与・社会保険・設備等を含む)が100〜130万円程度で4名、6カ月の内製と仮定すると、人件費だけで2,400万〜3,100万円規模になります。ここにディレクションとデザインの負荷が乗れば4,000万円前後に達するケースもあります。他方、外部委託が3,500〜5,000万円で初期設計とQAが厚めに含まれるなら、純コスト差は小さく、むしろ本業ロードマップの毀損が小さい分だけ委託が有利になる場面は珍しくありません。逆に、既存のデザインシステムやCMSが成熟し要件が明瞭、かつビルド・デプロイが自動化されている組織では、同じ規模のリニューアルでも内製の方が20〜30%短いサイクルと低コストで着地することがあります。
品質・スピード・変更容易性の“トレードオフ曲線”を描く
内製はドメイン知に強く、細かな仕様変更に即応できますが、要求定義が動的なまま開発に突入しやすく、完璧主義で無限延期に陥る危険があります。外部委託は初期の合意形成とスコープ管理が強く、テスト観点が体系化されているため品質の下限が高止まりしやすい反面、契約外の仕様変更は調整コストと日程の伸長を招きます。重要なのは、どの曲線上に落とし所を作るかを事前に明示すること。ページ速度(LCP/INP/CLS)⁴⁵⁷、可用性(SLA 99.9%などのサービス稼働目標)、SEO移行の順位変動の許容範囲、問い合わせ応答時間、障害一次復旧時間など、ユーザー体験と運用SLO(サービス目標)を前提に、WBSではなくアウトカムで合意してから実装に着手することを推奨します。
自社でリニューアルのメリットとデメリット
内製の最大のメリットは、ドメイン知と意思決定の近さです。ビジネスと開発が同じ言語を話し、仮説検証を日単位で回せるなら、UIコピーのA/Bテストから階層改修までを高速に反復できます。デザインシステムやアクセシビリティ基準が既に浸透していれば、ナレッジの蓄積と組織学習の加速がそのまま競争力になります。コスト面でも、ベンダーマージンを払わない分、長期的なTCOは抑えやすく、次回以降の改修単価は逓減しやすい。
対してデメリットは、スケールの上限と見えにくいリスクです。全社優先度の変更で人員が引き剥がされ、クリティカルパスが崩れることは珍しくありません。SEO移行やデータマイグレーションの専門性、負荷試験とセキュリティレビューの深さは、内製の経験だけでは不足しがちです。仮に数カ月の遅延が生じ、月間の商談・売上パイプラインが数千万円規模であれば、失われる機会は億に届く可能性があります。表面の原価差より時間価値の損失が重大になりがちだという点は、意思決定の際に常に可視化しておくべきです。
数値モデルで見るブレークイーブン
単純化のため、内製コストを固定費(人件費・教育・ツール)とし、外部委託を変動費(見積額+変更費)と見なすと、ブレークイーブンは「内製の固定費 − 委託見積額」の差を、再利用可能な資産価値と将来の改修回数で割った時期に現れます。試算例として、内製が4,200万円、委託が4,600万円、デザインシステムやCMS設定の資産価値を1,000万円、年2回の中規模改修を見込むなら、2回目の改修時点で内製の優位が顕在化し、その後は差が広がる可能性があります。逆に今回限りの全面刷新で、以後は軽微な更新にとどまるなら、初速の速い委託が合理的です。
外注のメリットとデメリット
外部委託の強みは、専門性と再現性です。情報設計、アクセシビリティ、モーション、インフラ、セキュリティ、国際SEOなど分野横断の知見を短期間で持ち込めます。要件定義のファシリテーションやリスクマネジメント、移行計画のテンプレート化、非機能要件の網羅性など、初期の“設計の質”でプロジェクトの揺れ幅を小さくできます。加えて、QAの観点が体系化されているため、たとえばフォームエラー復帰やフォーカスインジケータ、ARIAの適用、コントラスト比など、見落とされがちな品質を底上げできます。
一方の弱みは、組織学習の外部化とコミュニケーションコストです。契約外の仕様は調整に時間を要し、チャネルが増えるほど情報は散逸します。保守契約は一般に年15〜25%の範囲で設定されることが多く、改修が多いサイトでは累積TCOが内製を上回る可能性があります。さらに、特定ベンダーのスタックやプロプライエタリなプラグインに依存しすぎると将来の選択肢が狭まります。提案依頼の段階で、設計成果物の権利帰属、第三者監査の受入れ、ソースコードのリポジトリ運用、CI/CDと監視の引き継ぎ範囲、パフォーマンス予算(画像重量やスクリプト実行時間の上限)を契約本文に織り込むことを強く推奨します。
リスク移転とSLA/SLOの設計
外部委託では、納期遅延や品質不良に対する違約金や再実施義務など、明確なリスク移転の枠組みを設定できます。ただし、SLAは“可用性の外形”に過ぎません。ユーザー体験に直結するのはSLOであり、LCP 2.5秒以下、CLS 0.1以下、TTFB 0.8秒以下、INP 200ms以下⁴⁷、障害一次対応30分以内といった目標を、計測とアラートまで含め運用の現実に落とす必要があります。これを合意したうえで、デリバリーは段階的公開(カナリアリリースやフェーズドロールアウト)とフラグ管理を前提に進めると、想定外の回帰の影響を局所化できます。
ハイブリッドで最適化する:コアは内製、加速は外部
二者択一をやめ、役割を切り分けると現実的な最適解に近づきます。プロダクトオーナー、アーキテクチャ原則、デザイン原則、コンテンツガバナンス、計測設計は自社に残し、情報設計の初期探索、デザインシステムの構築、複雑な移行やパフォーマンス最適化の専門領域は外部の加速力を借りる。実装は内製と外部の混成で進め、ソースコードは単一の社内リポジトリに集約し、プルリクレビューとE2Eテスト(端から端までの自動テスト)は自社基準で回す。こうした分担は、ナレッジを自社に留めつつ、初速と品質を両立させます。
ロードマップ、契約、KPIの整合を取る
実務では、90日でMVPを出し、その後の180日で面の改善を行う二段階のロードマップが機能しやすい構成です。最初の数週間で既存サイトの計測から現状の弱点を定量化し、MVPに必要なテンプレートとAPI連携だけを優先的に設計します。公開はブルーグリーン(並行環境の切替)やサブディレクトリ単位の段階適用で行い、リダイレクトマップと構造化データの移行をセットで管理します。契約は、探索・設計をタイムアンドマテリアル、実装のコア部分は成果物に応じたマイルストーン払い、保守は測定可能なSLO準拠の可変フィーという組み合わせが、双方のインセンティブ整合に優れます。KPIは、流入(非ブランドSEOのクリック数と掲載順位)、体験(Core Web Vitalsのグリーン率⁴)、コンバージョン(CVRとフォーム完了率)、運用(デプロイ頻度と変更失敗率)を四象限で追い、週次でレビューします。
ケース:内製優位と外注優位の境界
国内B2Bのミッドマーケット企業で、テンプレートが10前後、外部APIが2〜3、言語は日英の2構成、ヘッドレスCMSとNext.jsが既に稼働し、デザインシステムがあり、SEO要件が安定しているケースでは、内製でのリニューアルが優位に働きやすく、3〜4カ月でのMVPが現実的です。反対に、コンシューマー向けでトラフィックが数百万UU、ECや会員制の複数バックエンドとの統合、多地域・多言語・複数ブランド横断の設計、アクセシビリティの厳格な監査、法規制対応が絡むケースでは、外部の設計力とQA体制を取り入れた方が、遅延の分散が小さくなります。いずれも、最後はチームの成熟度と既存資産の質が勝敗を分けます。
まとめ:今ある“力”で勝つリニューアルへ
結論は単純です。内製か外部委託かは優劣ではなく、状況への適合度です。目的と制約を数値で言語化し、現状の資産と人材の成熟度を正直に棚卸し、コストだけでなく時間価値を含めて比較すれば、最適解は見えてきます。内製は知と文化を蓄え、委託は速度と網羅性をもたらします。ハイブリッドは両者の長所を束ね、短期の成果と長期の自走力を両立させます。あなたの組織が今どの局面にあり、どんな未来のために刷新するのか。次の一手は、今日の計測と合意から始まります。まずは現状のCore Web VitalsとCVR、テンプレート数とAPI連携の棚卸しを実施し、90日で出すべきMVPを仮置きしてみてください。合意できる数値と道筋が揃ったとき、内製と外部委託の境目は自然に定まっていきます。
参考文献
- McKinsey & Company. Delivering large-scale IT projects on time, on budget, and on value. 2012. https://upgrade.mckinsey.com/capabilities/mckinsey-digital/our-insights/delivering-large-scale-it-projects-on-time-on-budget-and-on-value
- Loureiro E, Almeida R, Carvalho JV, Gonçalves MP. Information systems project success surveys – Insights from the last 3 decades. 2024. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11647809/
- McManus J, Wood-Harper T. A study in project failure. British Computer Society. https://www.bcs.org/articles-opinion-and-research/a-study-in-project-failure/
- Panicker S, et al. How the Core Web Vitals metrics thresholds were defined. web.dev. https://web.dev/articles/defining-core-web-vitals-thresholds
- Google Developers. Largest Contentful Paint (LCP). web.dev. https://web.dev/articles/lcp
- W3C. Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.2. W3C Recommendation, 05 Oct 2023. https://www.w3.org/TR/WCAG22/
- Google Developers. Optimize Cumulative Layout Shift. web.dev. https://web.dev/articles/optimize-cls