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プロジェクトマネージャー不在でも成功する進め方

高田晃太郎
プロジェクトマネージャー不在でも成功する進め方

同時並行の作業数(WIP)を3件から6件へ増やすと、平均リードタイムはほぼ2倍になる。これはキュー理論の基本であるリトルの法則(平均滞在数=到着率×平均滞在時間)に基づくもので、現場の忙しさの正体を数字で説明してくれます[1]。加えて、稼働率が高止まりするほど待ち時間が非線形に増大する(キングマンの近似)ことも広く知られています[2]。プロジェクトマネージャー(PM)が不在のチームであっても、流れ(フロー)の設計を外さなければ成果は出ますし、逆に設計が曖昧だと意思決定が遅れ、割込みが積み上がり、システム改修も業務改善も鈍化します[2]。華やかな手法よりも、決定の権限設計、仕事の見える化(カンバン等)、そしてフロー指標という、地味だが再現性のある仕組みが効きます。PM不在でも成功する進め方は、スーパーヒーローの登場ではなく、軽量なガバナンスとフロー駆動(Flow-Driven)の運用を組み立てられるかどうかに尽きます。

PM不在の前提条件を先に設計する

人に依存する運用は長く持ちません。PMがいないときほど、役割と権限を薄く広く配る設計が要ります。特別なツールは不要で、一次情報が誰でも追えること、合意の履歴が残ること、そして誰が決めるのかが明確であることが条件です。まず最初に取り決めるのは、決定の責任を負うドライバー、承認権限を持つアプローバー、相談先となる関係者、情報共有先という四つの関与レベルです。英語圏で言うRACI(Responsible, Accountable, Consulted, Informed:責任/最終責任/相談/通知)に近い考え方ですが、文書は一枚にとどめます[5]。承認はメールやチャットでよく、決裁は金額やリスクに応じた二段階にし、日常の意思決定はドライバーの裁量で48時間以内に終えると定義しておくと、現場は迷いにくくなります。

短期の案件でも憲章の役割を果たす一枚資料を作ると強い味方になります。目的、期待する業務改善の指標(KPI)、システム側の制約、非機能要件(可用性・監査・権限など)、予算と時間の上限、関係者の権限を簡潔に書き、リンクで仕様とチケットに紐づけます。紙の儀式は不要です。大事なのは、いつ誰が読んでも同じ前提に戻れることです。これだけで割込みに対する断り方が変わり、効率化の意思決定が早まりやすくなります。

一枚憲章と成果指標でブレを抑える

一枚憲章を運用するなら、成果は出荷の可否ではなく価値の変化で測ります。たとえば社内システムのワークフロー短縮が目的なら、申請から承認までのリードタイム(着手から完了までの時間)をベースラインとし、週次で中央値を記録します[8][9]。ログイン時間やクリック数の削減など操作の効率化が狙いなら、計測スクリプトを先に入れ、変更前後で差分を追います。こうした指標は営業やバックオフィスにも理解されやすく、意思決定の会話が抽象論から数値の議論へと移ります。合意形成のコストが下がること自体が、PM不在の現場では大きな投資対効果になり得ます。

意思決定ログと変更のルールを先に決める

PMがいない現場で最初に詰まるのは、誰がいつ何を決めたかがわからなくなることです。ドキュメントは豪華である必要はなく、日時、決定内容、決定の根拠、関与者、見直し条件の五項目だけを残します。根拠は課題チケット、メモ、数値、顧客の声など形式を問いません。見直し条件を明記するのは、撤回や変更をネガティブにせず、学習のプロセスとして扱うためです。変更が必要になったときは、憲章の目的と成果指標に照らして、当初の仮説が崩れたのか、優先度が変わったのかを言語化し、決裁の基準に従って迅速に仕切り直します。これが定着すると、仕様変更のコストが下がり、システム開発の待ち時間が短くなる傾向が出てきます。

フローで回す:見える化、WIP制限、カデンス

PM不在でも現場が回るチームには、共通してフローの設計が存在します。ボードの列は着手前、進行中、レビュー、完了の最小構成から始め、担当者はカードを自分で引くプル型にします[1]。最初から細かく作り込む必要はなく、重要なのは作業の粒度をそろえ、移動の基準を言葉で合わせることです。レビューの定義をデプロイ可なのか、仕様合意済みなのか、受け入れ条件(テスト可否)を誰が満たした時点かまで合わせておくと、進捗の意味がチーム内で一致します。これだけで会議の解像度が上がり、業務改善とシステム改修の会話が一枚のボードで接続されます。ここで言うカデンスは、ふりかえりやレビューを一定のリズム(週次・隔週)で回す運用リズムのことです。

WIP制限は衝突回避の装置です(WIP=仕掛中の作業数)[3]。個人が同時に持てるカードを二つまで、チーム全体の進行中のカードは六つまで、というように上限を可視化すると、割込みを入れるときに何を止めるかの会話が必ず発生します。これが割込みのコストを表面化させ、安易な前倒しや同時並行を抑えます[3]。ボトルネックの列が埋まり始めたら、チーム全員でそこに寄せる共通ルールを設けます。スループットを保つ最短の道は、常に流れの最も遅い箇所を太くすることだからです。

全員が追えるフロー指標:スループット、サイクルタイム、加齢WIP

フローの健康状態は、難しいBIがなくても三つの指標で十分に追えます。週あたりの完了数であるスループット、カードが進行中に入ってから完了するまでのサイクルタイム(処理所要時間)、そして進行中のカードがどれだけ長く滞留しているかを示す加齢WIP(Work Item Age)です[4]。サイクルタイムは中央値を主要指標にし、上位85パーセンタイルをサービスレベル期待値として共有すると、見積りと期待値の会話が安定します[4]。たとえば過去四週間のデータで中央値が3日、85パーセンタイルが7日なら、通常は3日、遅くとも7日という期待値で説明できます。数字が悪化したときに犯人探しをせず、粒度、割込み、手戻りのどれが原因かを特定する会話に変えるのがポイントです。アジャイル/カンバンの基本であるこれらのフロー指標は、プロジェクトマネジメントの可視性を一段上げます。

軽量スプリントとローリングウェーブで先を見通す

見込みの精度を上げるために、短いタイムボックスを使うのは有効です。二週間を上限とする軽量スプリントで、始めにリスクの高い作業を前倒しし、終わりに流れの遅い列をメンテナンスします。先の計画は大まかで構いません。ローリングウェーブ(波が寄せるように近い将来ほど詳細化する計画)で四週間先までは細かく、三カ月先はエピック単位で粗く置くと、関係者にとって十分な見通しが得られます。ここでも重要なのは、価値仮説と非機能要件を同じボード上で扱うことです。結果として、業務改善の実感とシステムの品質が同時に上がり、効率化の成果が遅れて現れる問題が小さくなっていきます。

依存とリスクを捌く:RAIDを週30分で回す

PM不在の現場では、依存とリスクの見落としが致命傷になりがちです。重い管理帳票は不要ですが、リスク、前提、課題、依存関係の四領域は一つのビューで見えるようにします[7]。RAIDはRisks(リスク)、Assumptions(前提)、Issues(課題)、Dependencies(依存)の略です。週一回の短いセッションで、「もしXならYになりうる。兆候はZ。抑止はA。回避不能ならBへエスカレーション」という書式だけを守って言語化します。議論は深追いせず、兆候が出たら即座にプランBへ切り替えるという運用に振り切ると、初動が速くなります。依存関係は日時と担当を明確にして、加齢WIPのルールに乗せて可視化します[4]。これにより、待ちのカードが加齢していること自体がアラートになり、遅延の早期発見につながります。

調達や法務のレビューのような他部門依存は、合意の型を先に作るのが近道です。三パターンの契約テンプレートと非機能の最小基準を合意しておけば、個別案件での往復を減らせます。結局のところ、リスクの多くは認識のすれ違いから生まれます。言葉の型を合わせれば、PMがいなくてもチームは自律的にリスクを潰していけます。より詳しい実装やテンプレートは、社内ルールに合わせて調整しつつ、移行が滑らかです。

合意形成の最短距離:ワーキングアグリーメント

強いチームは、合意のやり方に合意しています。会議の目的、入室条件、意思決定の基準、反対意見の扱いを一枚にして最初に握るだけで、調整コストが劇的に下がります。反対意見は必ず理由と代替案を伴う、二回否決された論点は第三の選択肢を探す、期限が迫ればドライバーの裁量で決めるといったルールを最初に言語化しておけば、議論は速く深くなります。こうした作法はカルチャーに関わるため、社内の文脈に合わせた導入が必要ですが、具体例や導入の注意点はワーキングアグリーメントの作り方を参照しながら、小さく始めて磨くのが現実的です。

ROIを前に出す:コスト・オブ・ディレイとWSJF

PMが不在のときほど、投資判断の軸を数字に寄せることが重要になります。コスト・オブ・ディレイ(CoD)は遅れ一週間あたりに失う価値を金額や相対点で表す考え方で、価値の大きさ、緊急度、リスク低減や機会創出の効果を合わせて評価します。さらにジョブサイズ(実装に必要な工数の粗い見積り)を組み合わせ、重み付け最短作業優先(WSJF=CoD÷ジョブサイズ)の比率で並べ替えると、直感に頼らず優先順位が決まります[6]。たとえば、請求処理の自動化が週50万円の損失回避に相当し、実装は15人日、もう一方のダッシュボード刷新が週20万円の機会損失に相当し、実装は5人日だとします。前者の価値は大きいが単位投入あたりの効率は後者が勝ち、短期ではダッシュボードを先に出す選択が合理的になります。こうして財務と現場の会話を同じ比率でつなぐと、業務改善とシステム開発の優先順位が説明可能になり、関係者の納得が得やすくなります。チームのスケールに合わせて点数制に落とし込むと運用しやすくなります。

バーンレートとフロー指標を財務に接続する

プロジェクトの健全性を財務へ伝えるには、バーンレート(一定期間の消費資金)とフロー指標を同じ時間軸で見せるのが合理的です。四週間の移動平均でスループットのトレンドを示し、同期間の人件費や外注費と重ねます[8]。サイクルタイムの85パーセンタイルが悪化しているのにバーンレートが横ばいなら、割込みや依存が増えている可能性が高い[4]。逆にバーンレートを抑えつつスループットが上がっているなら、WIPの適正化やボトルネック解消が効いていると読み取れます。予実差の説明がフローの言語でできるようになると、PM不在の現場でも投資家や経営層に対して自信を持って説明できます。フロー測定の実務は併せて整備しておくと、属人化を避けられます。

業務設計と非機能要件を早期に握る

業務改善のインパクトは、非機能要件の抜けで簡単に目減りします。SaaS導入や社内システムの改修では、可用性、監査ログ、権限モデル、データ保持方針、連携の遅延許容など、運用の骨格に関わる前提を先に決めます。これは重い要件定義書を意味しません。憲章に非機能の最小基準を明記し、例外は意思決定ログで管理するだけで十分に機能します。非機能の合意が早ければ、後工程のやり直しが減り、全体の効率化が進むのは経験則ではなく、待ち時間の削減というフローの効果です。非機能を業務価値にひもづける視点は、インパクトマッピング(目標→アクター→インパクト→デリバラブルの関係を可視化する手法)の考え方とも相性がよく。

まとめ:軽量ガバナンス×フローで回す

PM不在でも成功するプロジェクトは、偶然ではなく設計の結果です。役割と権限の薄く広い分散、一枚の憲章と意思決定ログ、見える化とWIP制限、そしてスループットとサイクルタイムというフローの物差しが、日々の判断を支えます。割込みに名前を与え、変更に条件を与え、価値に数字を与えるだけで、業務改善とシステム開発の会話はつながり、チームの効率化は自然と進行します。今日から始めるなら、意思決定ログのテンプレートを一枚用意し、進行中のカード数を減らし、来週の短いRAIDレビューをカレンダーに置くところからで十分です。どの仕組みが自分たちの現場で一番効くのか、二週間後にどんな変化を見たいのか、そして誰がその変化のドライバーになるのか。小さな問いを置き、数字の言葉で前進を確かめる、その繰り返しが次の成果を連れてきます。

参考文献

  1. InfoQ Japan. カンバンはどのように動作するか. https://www.infoq.com/jp/articles/how-kanban-works/
  2. AllAboutLean. Kingman’s Formula: Why You Should Stay Away from 100% Utilization. https://www.allaboutlean.com/kingman-formula/
  3. Atlassian. カンバンのWIP(仕掛かり作業)制限. https://www.atlassian.com/ja/agile/kanban/wip-limits
  4. Atlassian Support. Portfolio flow metrics dashboard template. https://support.atlassian.com/ja/analytics/docs/portfolio-flow-metrics-dashboard-template/
  5. CIO.com. How to design a successful RACI project plan. https://www.cio.com/article/287088/project-management-how-to-design-a-successful-raci-project-plan.html
  6. Scaled Agile Framework. Weighted Shortest Job First (WSJF). https://scaledagileframework.com/wsjf/
  7. monday.com. RAID project management template. https://monday.com/blog/project-management/raid-project-management-template/
  8. Agile Alliance. Actionable Metrics in Siemens Health Services: An Experience Report. https://www.agilealliance.org/resources/experience-reports/actionable-metrics-siemens-health-services/
  9. Servant Works. ベロシティではなくサイクルタイムを計測せよ. https://www.servantworks.co.jp/posts/measure-cycle-time-not-velocity/