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フリーランスとSES、どちらを選ぶ?人材契約のポイント

高田晃太郎
フリーランスとSES、どちらを選ぶ?人材契約のポイント

統計では、日本の広義のフリーランス人口は、過去の推計で2016年に1,122万人とする調査があり¹、直近の公開推計でも1,300万人前後とする資料が見られます²。定義の取り方(主たる収入か副業か、雇用との兼業を含むか)によって母数は大きく変わり、幅を持って理解するのが妥当です。IT領域に目を向けると、SES市場は安定的に拡大し、プロジェクトのスケールとスピードを支える基盤になっています。一方で、法務・税務・運用の前提が異なるため、契約設計を誤ると品質劣化やコンプライアンスリスク、さらにはROI(投資対効果)の毀損を招きます。とくに2024年11月にはフリーランス・事業者間取引適正化等法が施行され、支払期日や書面交付などの遵守事項が明確化されたため、発注管理のコンプライアンス要件も強化されています³。現場の実感として、単価の見かけ上の差に引きずられた意思決定は、後工程での手戻りやチーム速度の乱高下として跳ね返ってきます。だからこそ、指揮命令(業務指示の出し手)の線引き、知財の帰属、時間精算の設計を、事前に言語化しておく必要があります。以下では、フリーランス直契約とSESを、法務・コスト・運用の3点で分解し、CTOやエンジニアリングマネージャーが使える意思決定の基準に落とし込みます。

フリーランスとSESの本質的な違い

業務の発注形態として、フリーランス直契約は業務委託(請負または準委任)が中心で、成果で管理する色が強くなります。ここでの請負は「成果物の完成に責任を持つ契約」、準委任は「一定の作業・注意義務の遂行に責任を持つ契約」を指します。SES(System Engineering Service)は多くの場合で準委任契約をとり、時間あたりの役務提供(常駐・準常駐を含む)を前提に設計されます⁵。両者の分水嶺は、誰が指揮命令を行うか、成果物の責任はどこにあるか、そして時間とお金の関係をどう定義するかに集約されます。実務では、直契約はコミュニケーションのレイヤが浅く、合意から着手までが速い反面、バックアップ体制や稼働の安定性は個に依存しがちです。SESは供給の安定性やバックフィル(離任時の代替要員)のしやすさに強みがありますが、マルチベンダー構成になるほど意思決定の遅延やスキルミスマッチのリスクが増します。

コスト構造と精算の設計

コスト面では、直契約は中間マージンが原則発生しない一方で、SESはベンダーマージンを内包します。市場解説では20〜40%のレンジでマージンが計上されるケースが言及されます⁵。時間精算も重要で、SESでは精算幅(課金対象となる月間稼働時間の範囲)が140〜180時間のように設定されることが一般的です⁵。精算幅が広すぎると実効単価がぶれ、プロジェクトの原価管理が甘くなります。直契約でも、準委任で時間課金を採るなら、上限下限、作業報告の様式、承認プロセスを契約と運用ルールの両輪で固める必要があります。請負なら検収基準、再修正の取り扱い、軽微な改修の範囲を文字にしておくと、納期直前の解釈ずれを避けやすくなります。

法的前提:指揮命令と偽装請負

法務で見落としがちなのが、指揮命令系統の扱いです。委託契約で発注側が日々の業務指示や勤怠管理を直接行うと、労働者性の疑義が生じて偽装請負(委託契約の外形だが実態は雇用に近い状態)と見なされるリスクがあります⁴。現場の運用では、タスクの優先順位付けや受け渡しは成果・合意ベースで行い、業務時間や作業場所の具体的な指示は避ける設計が安全です。SESでも、実態として現場指示が発注側から直接個人へ飛ぶ構図にならないよう、ベンダー側のリーダーを窓口にし、技術判断と人員稼働の管理を通す運用が求められます⁵。違反の是正は契約条項ではなく、日々のコミュニケーション設計で決まります。

契約条項で見るリスク管理の要諦

契約書は、後日トラブルになったときの基準点です。抽象的な善意よりも、誰が何をいつまでにどの品質で提供し、どのように検収し、どのようなインシデントにどこまで責任を負うかを書面で固定することが、プロジェクトの平和を守ります。とりわけ重要なのが、知的財産権の帰属と利用範囲、秘密情報の定義と管理、再委託の可否と条件、損害賠償責任の上限、サービスレベルと是正措置、支払いサイトとインボイス対応の6点です。

IPと検収、そして再委託

コア技術にかかわる開発では、成果物の著作権を譲渡するのか、限定的ライセンスにするのかで将来の自由度が大きく変わります。スケール段階では、社内で再利用可能なコンポーネントや設計資産が増えるため、成果物の著作権と付随資料の扱いをそろえ、独占的かつ譲渡可能なライセンスや譲渡条項を設計しておくと資本政策とも整合します。検収は曖昧さが最大の敵です。検収対象の定義、テスト方法、受け入れ基準、期限、瑕疵修補の範囲と期間を一つずつ文章化し、口約束を残さないことが肝要です。再委託は供給安定性の源泉にも、品質希釈の火種にもなります。許可制か事前通知か、一次受けの責任範囲、そして個人情報が絡む場合のサブプロセッサ管理まで、実態の業務フローに合わせて具体化しておくと、監査対応で慌てません。

賠償・NDA・インボイスの実務

損害賠償責任の上限は、対価総額の何ヶ月分までか、故意重過失や第三者権利侵害の例外を書き分けることで実務の落としどころが決まります。NDA(秘密保持契約)は、秘密情報の定義、口頭開示の扱い、残存義務、情報返却・消去の方法まで書いておくと、終了時の混乱を防げます。支払い面では、支払サイトの長期化がフリーランスのキャッシュフローを圧迫しやすい点に留意が必要です³。月末締め翌月末払いを原則に、長期プロジェクトでは着手金やマイルストーン払いを併用すると、双方の資金繰りが健全化します。インボイス制度下では、適格請求書発行事業者番号の明記や、消費税の扱いを契約と運用の両方に反映する必要があります⁶。

ROIで比べる活用シナリオ

意思決定の軸は、短期の人件費ではなく、事業へのインパクト換算です。一般に、直契約のフリーランスを迅速にオンボードできれば、欠員補充から戦力化までのリードタイム短縮が期待でき、重大障害対応の運用改善やSLA(合意されたサービス水準)の遵守率向上につながるケースもあります。単価が一見高く見えても、顧客の解約抑制や新機能の市場投入前倒しが実現すれば、四半期の収益指標(たとえばMRR=月次経常収益)で十分に回収できる可能性があります。逆に、エンタープライズ向けの大規模保守では、夜間・休日を含む監視や多拠点稼働が必要になりやすく、個の稼働に依存しないSESのバックフィル体制が奏功することが多い。ベンダー側の技術リーダーが性能試験計画やチューニングを分業で回す設計を支援すれば、障害復旧の平均時間短縮や運用の安定化に寄与しやすくなります。

スピード、スケール、セキュリティの三角形

PoCや市場テストの段階では、要件の揺れに耐える柔軟性と、仮説検証の速度が決定要因になります。ここでは、直契約のフリーランスが機動的です。意思決定の距離が短く、プロダクトの文脈を直接共有できることで、アウトプットの品質が上がります。一方で、長期運用や24/7のサポート、官公庁案件のような厳格なセキュリティ要件では、SESの供給安定性と監査適合性が価値を持ちます。セキュリティクリアランス(入構・情報取扱い資格)や教育、BCP(事業継続計画)、交代要員を含めた運用設計が初期から要るからです。つまり、スピードは直契約、スケールとセキュリティはSESが相性が良いという、役割の差分をはっきり認識しておくと、配分の最適化が進みます。

意思決定フレームワークとハイブリッド戦略

実務では、二者択一よりもハイブリッドが機能します。プロダクトのコア領域と設計判断が必要な部分は直契約で厚くし、周辺機能や運用保守のボリュームゾーンはSESで安定供給する。こうしたレイヤー分けを前提に、契約とチーム運用を接続します。たとえば、直契約メンバーにはアーキテクチャの決定権とコードオーナーシップを与え、レビュー・設計ドキュメント・ナレッジ共有の儀式を制度化します。SESに対しては、バックログの粒度を揃えた上で、スプリントごとの受け入れ基準と成果の可視化を強化し、技術的負債の返済やテスト自動化のような再現性の高い領域を任せます。重要なのは、両者のインターフェースを曖昧にしないことです。仕様変更の合意経路、障害時の指揮命令、セキュリティインシデントの一次対応、ソースコードと秘密情報のアクセス権限、そして退場時の引き継ぎ方法まで、チーム運営のルールに落としてから契約へ反映します。

現場で効くチェックポイント

判断に迷うときは、三つの問いが機能します。第一に、その業務で誰が最終的な技術判断を行うべきか。第二に、供給の安定性とバックフィルの必要度はどの程度か。第三に、知財や機密の保護がどこまで厳しいか。この順に考えると、直契約とSESの配分が見えてきます。技術判断を内製化しつつ、供給安定性が要るならコアを直契約、周辺をSESに寄せる。機密性が極めて高ければ、秘密保持とアクセス制御を強化した上で直契約に寄せる。供給の安定性が最重要なら、SLAとバックフィル条項を備えたSESを中心に据える。どれも特効薬ではありませんが、問いの順序を固定するだけで、迷いのコストが下がります。

まとめ:単価ではなく、価値で設計する

人材調達の良し悪しは、単価の安さではなく、事業価値の最大化で評価すべきです。直契約は速度と文脈理解、SESは安定供給と監査適合性に強みがあります。鍵は、指揮命令の線引き、知財と検収の明確化、時間精算の透明性という三点を揃え、チーム運営のルールと契約条項を一致させることです。次の採用会議では、誰が技術判断を担い、どこに供給のリスクがあり、どの資産を将来に残したいかを、まず言語化してみてください。その答えが、フリーランスとSESの最適な配分を教えてくれます。今日のプロジェクトに一つだけ反映するとしたら、精算幅と検収基準を文章にすることから始めるのが近道です。

参考文献

  1. ランサーズ「フリーランス実態調査 2017」2017年公開(2016年推計1,122万人)
  2. ITプロパートナーズ「日本国内のフリーランス人口の推移(2015年937万人→2024年1,303万人)」
  3. 厚生労働省「フリーランス・事業者間取引適正化等法が施行されました」
  4. Tech Law Lab「偽装請負と見なされないためのポイント」
  5. Workship Enterprise「SES契約の基本とリスク(指揮命令=偽装請負の可能性、精算幅・マージンの考え方)」
  6. 国税庁「インボイス制度(適格請求書等保存方式)について」