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派遣契約とSES契約の違い:受け入れ企業側の責任範囲を理解しよう

高田晃太郎
派遣契約とSES契約の違い:受け入れ企業側の責任範囲を理解しよう

年720時間、単月100時間未満、2〜6か月平均80時間以内。 時間外労働の上限規制として広く知られる数値ですが(単月100時間未満・2〜6か月平均80時間以内はいずれも休日労働を含む、特別条項の適用は年6か月まで)[1]、見落とされがちなのは、外部人材を受け入れる企業側にも労働時間の把握や適正な指示・管理が求められるという事実です。IT開発現場では同じ席に外部メンバーが並びますが、契約が労働者派遣かSES(商習慣上の総称。実体は準委任・請負)かで、指揮命令の可否、労務管理の分担、検収・支払、セキュリティ統制が根本から変わります。経営と開発の両方を見渡す立場として、私は数字で語れる運用設計が唯一の予防線だと考えています。準委任なら一般的な精算幅の設計、受入期間の原則3年[3]、検収基準の明文化といった具体の目盛りを持てば、現場は迷いにくく、監査も通しやすくなります。

法的枠組みの違いを「指揮命令」と「結果責任」で見抜く

まず、言葉の整理から始めます。労働者派遣は、派遣元が雇用する労働者を派遣先が受け入れ、派遣先が日々の業務について指揮命令(業務の具体的な指示・管理)を行う契約形態です[4]。日本では労働者派遣法の規制下にあり、派遣先には派遣先管理台帳(受入記録)の作成、派遣先責任者の選任、苦情対応や安全配慮、そして労働時間の把握など、具体の義務が課されます[2,7]。さらに、同一の組織単位に受け入れられる期間の原則は3年であり[3]、均等・均衡待遇(同一労働同一賃金)の説明協力などの実務も派遣先のタスクとして外せません[8]。

対照的にSESは総称であり、実体は請負か準委任です。請負は成果物に対してベンダーが結果責任を負い、発注側は検収によって対価を支払います。準委任は結果ではなく業務遂行そのものを約する契約で、受託者には善管注意義務(専門家としての注意義務)が課されます。ここでの原則は、発注側(受け入れ側)が個々のエンジニアに直接指揮命令してはならない点です。指示はベンダーの現場責任者に対して行い、タスク配分や作業手順の決定はベンダーが担います。この線を越えると偽装請負と評価され、職業安定法や労働者派遣法違反のリスクが立ち上がります[6]。

実務ではチケット駆動やSlackでのやり取りが常態化し、コミュニケーションの流路が曖昧になりがちです。チケットの受領者を常にベンダーのリードに設定し、個人名への直接アサインは避けるルールを設けるだけでも、毎日の動きが「誰に対して指示をしているのか」を可視化でき、形を保ちやすくなります。

境界線が揺らぐ瞬間をどう扱うか

バックログが炎上し、社内のPMが隣席の外部エンジニアに「このバグ、今日中に直して」と言ってしまう場面は珍しくありません。派遣なら適法な指示ですが、準委任ではNGです。運用上は、一言をベンダー責任者宛に置き換え、「今日中に解消したい。対応案の提案とアサインをお願いします」と言い換えます。実務上のスピードを落とさずに境界を守るには、言い回しの訓練と、責任者の常駐・応答SLA(サービス水準合意)の取り決めが有効です。

受け入れ企業の責任範囲:日々の運用で何が変わるか

受け入れ側の責任は、法令、契約、社内規程の三層で立ち上がります。派遣では法定義務のボリュームが大きく、SESでは契約・統制設計の巧拙がすべてを決めます。両者の差分を、現場で手触りのある論点に落としていきます。

指揮命令と日々のマネジメント

派遣は受け入れ側が直接タスクを割り当て、レビューや進捗管理を行えます。評価・懲戒などの雇用管理は派遣元の権限ですが、日々の業務運用は社内メンバーとほぼ同様に扱えます。これに対して準委任では、進め方やアサインの最終決定はベンダー側の権限であり、受け入れ側は成果と期限、優先順位といった期待値をベンダーの窓口に示す運用が基本になります。チケットの粒度、Doneの定義、レビューの所要時間などの作法は、共同作業規程として別紙化しておくと、契約と運用の橋渡しがスムーズです。文書化は監査対応だけでなく、立ち上がりの摩擦を減らす実利があります。

労働時間・安全衛生の扱い

派遣では受け入れ側に労働時間の把握義務が及びます[2,4]。36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)の範囲内で運用するには、指示の出し方と締切設定が重要です。派遣元には時間外の命令ができる者を限定し、実際の超過時間の把握方法を共有します。また安全衛生では、共用設備の安全確保や災害時の初動体制、ハラスメント防止措置の案内と相談窓口の明確化が派遣先の責任に含まれます[2]。

SESの場合、労働時間の把握は原則としてベンダー側の責務ですが、共用スペースの安全や入退館の管理、設備の使用条件、夜間作業申請などは施設管理者としての責務です。準委任の時間精算を採用しているなら、発注側は合意した精算幅の内訳を説明できるログ設計に協力すると、後日の紛争予防につながります。

待遇・ハラスメント・均等均衡

派遣には均等・均衡待遇の枠組みがあり、派遣先は説明や情報提供に協力する立場です[8]。食堂やシャトル、福利厚生の利用可否は差別的にならないように基準を定め、社内規程として明文化しておくと、現場の判断負荷が下がります[5]。ハラスメント対策では相談窓口の案内、研修資料の共有、現場責任者の即時是正権限の明確化が有効です[2]。SESでも同様の配慮は必要で、身体的・心理的安全性を守る責任は、契約形態を超えて発注側にあると私は考えています。

情報セキュリティと個人情報

派遣・SESともに、アクセス権限は最小化し、入社・退社・異動時点での即時付与・剥奪を自動化します。派遣は雇用主が派遣元であるため、端末提供や資産管理の窓口、紛失・事故時の一次報告フローを派遣元と取り決めます。SESはデータ処理の委託に該当することが多く、委託先管理として技術的・組織的安全管理措置の確認、再委託の可否、漏えい時の通知義務、監査権限の範囲を契約で定めます。Gitリポジトリ、クラウド、チケット、チャットの四系統の監査ログは、最低でも数か月、可能であれば1年以上の保持を前提にし、退場時の棚卸しを定例化すると安心です。

契約・お金・知財:揉めないための設計図

お金の流れと権利の帰属は、契約形態ごとに論点が異なります。ここを曖昧にすると、最後に後味の悪い交渉が残ります。

精算と検収の整合

派遣は時間に比例した対価が基本で、残業の承認・割増の取り扱いは派遣元と事前に取り決めます。準委任は実働時間×単価を起点とし、精算幅は「月間の下限・上限時間」を合意しておくのが一般的です(例:140〜180時間程度)。精算幅の下限・上限を超えた場合の扱い、深夜・休日の割増、月末の作業報告の体裁、証憑の保存期間は、文言で固定します。請負は成果物の検収をもって支払うのが原則で、検収条件、瑕疵担保、再納入の手順、受入テストの責任分担を仕様書と不可分にします。準委任でも、マイルストーンごとに中間成果の軽検収を設けると、手戻り時の紛争コストを抑えられます。

知的財産と成果物の帰属

派遣で作成された成果物の著作権は、原則として作成者本人またはその雇用主(派遣元)に帰属します。実務では派遣元と受け入れ側の間で著作権の譲渡や利用許諾を予め取り決め、NDAとセットで雛形化しておくと安全です。SESは契約で帰属を自由に設計できるため、請負なら成果物の全面譲渡、準委任なら成果創出物の著作権・発明の特許出願権の帰属と二次利用の範囲を条文化します。第三者コンポーネントのライセンス混在や、生成AIの出力利用ポリシーも近年の必須項目です。

会計・監査・下請法

資産計上が許されるのは、要件を満たすソフトウェアの制作など成果が自社資産となる場合で、請負のほうが整合が取りやすい傾向があります。派遣や準委任の多くは期間対応の費用処理になりますが、準委任でも成果の識別可能性と支配の実態があれば資産計上の余地はあります。監査対応では、契約形態と運用実態の一致、入退場・権限棚卸しの証跡、外注費と人件費の区分、関連当事者取引の有無が見られます。さらに下請代金支払遅延等防止法の適用対象であれば、受領後60日以内の支払い、減額・返品・買いたたきの禁止を守る必要があります[9]。支払サイトは月末締め翌月末・45日・60日など複数パターンを用意し、契約形態に応じてテンプレートを切り替えると運用しやすくなります。

どちらを選ぶか:プロジェクト別の判断フレーム

ゼロからの新規開発で、要件が揺れ、アーキテクチャの意思決定も走りながら進む状況では、ベンダーが技術的意思決定を担い、成果物で責任を切れる請負が噛み合うことが多いと感じています。打鍵の多い保守・運用、既存仕様に沿ったバックログ消化、社内プロセスへの柔軟な追従が要求される場面では、派遣のほうがフィットしやすいでしょう。準委任はその中間で、ロードマップは社内で握りつつ、ベンダーの生産能力を時間でブーストする用途に向きます。合意した精算幅を前提に、月内での稼働の山谷を吸収したい時に機能します。

リスクの面では、派遣は法定手続きの多さが負担である一方、指揮命令が可能なため品質とスピードのコントロールがしやすいのが利点です。SESは手続きは軽く見えますが、指示の出し方やチケット設計を誤ると偽装請負の疑念を招きます[6]。着手前に「責任分解図」を1枚作ることを強く勧めます。誰が設計を承認し、誰がレビューし、誰がタスクを割り当て、誰が検収するのか。四つの「誰」を契約文言、RACI、ツール設定で一致させると、現場は迷いません。

移行とハイブリッド運用

運用の途中で形態を切り替えることもあります。バックログ消化のために準委任で立ち上げ、仕様が固まった段階で請負に切り替える構成は現実的です。逆に、請負で滑り出したものの予想外の要件追加が続く場合は、追加分のみ準委任に切り出して、検収の遅延とキャッシュフローの圧迫を避けます。社内に強いテックリードがいるなら派遣で内製比率を高め、将来的な採用につなげる戦略も有効です。いずれにしても、契約と運用の不一致こそが最大のリスクであり、チケット、ドキュメント、会議体、入退場のすべてで線をそろえることが最短距離です。

具体的な初期設計の提案

契約前に、共同作業規程、責任分解図、権限マトリクス、精算・検収カレンダー、事故時フローの五点セットを雛形化しておきます。派遣では派遣先責任者の選任、派遣元との超過時間承認フロー、均等・均衡待遇の運用基準、苦情対応窓口を文書化します[2,7,8]。SESでは、指示の窓口、準委任の精算幅、打刻・ログの保存、請負なら検収の定義、知財と再委託の条件を初回ディスカッションで固めます。どれも、作ってしまえば毎回流用でき、監査やトラブル時に自分を助けてくれる武器になります。

まとめ:数字で線を引き、運用で線を守る

派遣とSESの違いは、教科書的には単純です。派遣は受け入れ側が指揮命令し、SESはベンダーが業務を管理する。けれど現場では、その線が見えにくくなります。だからこそ、受入期間、時間外の法定上限、精算・検収条件、知財の帰属といった数字と文言で線を引き、日々のチケット、会議、ログ、権限で線を守る。これが最短のコンプライアンスであり、最小の摩擦で成果を出す方法です。あなたのプロジェクトでは、どの線が曖昧でしょうか。今日、責任分解図と共同作業規程の下書きを一枚作ってみてください。30分の投資が、来月の炎上をひとつ消してくれます。

参考文献

  1. 衆議院会議録(2018年5月2日)働き方改革関連法に関する答弁(時間外労働の上限:年720時間、月100時間未満、複数月平均80時間以内 ほか) https://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009719620180502015.htm
  2. 厚生労働省「派遣先が講ずべき措置等に関する指針(告示)」労働時間把握、苦情処理、安全衛生等 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=75021000&dataType=0
  3. 厚生労働省「労働者派遣の受入期間の制限」原則3年(法第40条の2第1項等) https://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/haken/08.html
  4. 静岡労働局「労働者派遣制度の概要と派遣元・派遣先の責任分担」 https://jsite.mhlw.go.jp/shizuoka-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/hourei_seido/kantoku54.html
  5. 厚生労働省 告示抜粋「派遣先における福利厚生施設の利用機会の付与」 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=75021000&dataType=0
  6. 日経xTECH「偽装請負を避けるためのポイント(ユーザー企業が直接指揮命令を行うと偽装請負)」 https://xtech.nikkei.com/it/article/COLUMN/20060905/247258/
  7. SASAL「派遣先管理台帳の作成義務と派遣先責任者の選任」 https://www.sasal.jp/news-haken/article/597
  8. 厚生労働省「同一労働同一賃金の基本的な考え方(派遣労働者)」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000077386_00001.html
  9. 公正取引委員会「下請代金支払遅延等防止法の概要(受領後60日以内の支払期限設定等)」 https://www.jftc.go.jp/shitauke/shitaukekankei/index.html