偽装請負を避けるには?SES契約の適正運用と指揮命令権の基本
偽装請負が発覚すると、事業停止命令¹や契約解除、さらには罰金(最大100万円)²等のリスクが現実化します。法令違反が疑われた時点でプロジェクトは即時の体制是正を迫られ、納期や品質のリスクが同時に跳ね上がるのが実務の姿です。公開資料や指針でも繰り返し指摘されるのは、技術的難易度とは無関係に、「指揮命令権(誰が具体の指示・監督を行うか)の所在」を曖昧にした案件ほど、是正コストが高くなりやすいという点です。SES(準委任)を活用する現場では、契約に“準委任”と記すだけでは不十分です。現場の運用、ツールの権限、そして対外コミュニケーションまで、線引きを貫徹する仕組みが問われます。
偽装請負とSESの線引き:本質は“使用者性”
まず押さえるべきは、契約書上の名目よりも実態が優先されるという点です。³準委任(いわゆるSES契約)は、成果物の完成責任ではなく業務遂行に対する注意義務が中心で、対価は時間や稼働に紐づきます。一方の請負は完成責任が軸で、発注側は完成物の受入れや合否判定に重心が置かれます。労働者派遣は発注側が個々の労働者に直接、指揮命令できる枠組みで⁴、許認可や期間制限などの厳格な規制が伴います。
偽装請負が問題となるのは、請負や準委任の名目で契約しているにもかかわらず、発注側が個々のエンジニアに対し、業務の具体的な進め方や勤怠まで管理し、事実上の指揮命令を行っている場合です。判断の軸は「使用者性」(誰が指示・監督し、成果や安全衛生を管理しているか)であり、席の位置や常駐の有無といった形式は決定要因になりません。³⁵現場で起きがちなグレーは、積み重なると黒に転びうる、と理解しておくべきでしょう。
指揮命令権の基本:できること/できないこと
準委任の枠内で発注側が行えるのは、仕様や受入れ基準の提示、優先順位や納期の合意、成果レビューや受領可否の判断といった“何を・いつまでに・どの品質で”という要件の調整です。対して、個々の作業者に対する開始・終了時刻の指示、休憩・残業の可否の直接判断、タスクの細分化と日々の割当、方法の指定や使用ツールの強制、評価面談や懲戒に類する行為は、準委任の枠外に出やすい行為です。レビューで「ここを修正してほしい」と伝えることは可能ですが、「Aさんは今日この関数をこの手順で書くこと」「18時以降は残って仕上げること」のような命令は、派遣に近い統制として扱われやすくなります。
典型的なシグナル:現場で赤信号が灯る瞬間
現場で火種になりやすいのは、Slackのダイレクトメッセージでの個別指示、Jiraで発注側が受託側のスプリントボードを直接編集、GitHubで発注側が受託側のPRに対して「本日中に直せ」と期限を切る、といった小さな積み重ねです。どれも善意の生産性向上から生まれますが、集積すると使用者性を裏付ける証拠群になります。反対に、受託側の責任者を単一窓口として、仕様の合意と受入れの判定に発注側が集中し、作業の段取りやタスク割当は受託側が自律的に行う設計に改めると、是正の懸念は着実に減少していきます。
契約で守る土台:SOW、変更管理、責任の切り分け
制度疲労を起こした契約を差し替えるだけで現場は変わりませんが、現場を支えるために契約で“守り”を固めることは不可欠です。まず、準委任のSOW(Statement of Work:業務記述書)において、期待する成果物の例示よりも、求める機能要件・品質基準・優先順位の決定プロセス・受領の方法・変更要求時の合意手続といった運用規律を明文化します。「作業の具体的方法、作業者の選定・割当、日々の進捗管理は受託側の裁量と責任で行う」ことを条項として明示し、発注側のコミュニケーションは受託側のリードを単一窓口に集約する旨を定めます。稼働報告は成果の説明責任の一部として週次や隔週のレビューに添付し、時間精算の根拠は作業完了報告やチケットの状態遷移で補完します。
請負契約で走る場合は、受入れ基準と合否基準をテスト観点レベルまで具体化し、リジェクト条件、手直しの範囲、追加要件の扱い、納期延長のルール、危険負担の所在を明確にします。請負にしながら常駐で日々のやり方まで指示するのは、完成責任と指揮命令がねじれやすく、偽装請負の疑いを強くします。完成責任を重く見るなら、受託側の工程管理・資源配分に介入しない建て付けを守るべきです。
変更管理は、偽装請負の温床になりやすい領域です。軽微な仕様変更が連鎖すると、発注側が“ついでにこれも”と現場に直接頼みがちになるからです。ここでは、要件の追加・削除・優先順位変更が発生したら、受託側の責任者が影響分析を提示し、スコープ・納期・対価の三点を再合意する定型プロセスを、SOWと運用手順の双方に書面化しておきます。「仕様の相談は歓迎するが、合意なき指示は実行しない」という原則が現場で守れるよう、契約と手順に同じ言葉を刻むのが肝要です。
現場で守る運用:指示ではなく合意、命令ではなく受入れ
現場運用のコアは、コミュニケーションの粒度と経路です。発注側が“何を・いつまでに・どの品質で”の合意形成に集中し、受託側が“どうやって・誰が・どの順番で”を設計する。これを破綻させないために、Slackでは仕様と課題管理のオープンなチャンネルで要件・優先順位・受入れ基準を議論し、個別のダイレクトメッセージでは依頼や期限設定をしないルールを敷きます。JiraやYouTrackでは、要求はプロダクトバックログに登録し、スプリントバックログやタスクボードの編集権限は受託側のリードに限定します。GitHubでは、レビューは品質要求の観点からコメントを行い、期日の設定や担当の直接変更は避けます。レビューは品質の対話、指示ではないという姿勢が重要です。
勤怠・作業時間の扱いも誤解を生みやすい論点です。準委任であってもセキュリティや共同作業のために入退室やログイン履歴を記録することは一般的ですが、そのデータを使って発注側が残業の可否や休暇取得を指示すると、使用者性を補強する材料になります。日々の作業時間の把握は受託側が行い、週次のレビューでは稼働の健全性を双方で確認する程度にとどめます。発注側がプロジェクトとして過重労働リスクを懸念する場合は、仕様や納期・範囲を調整することで解決し、個別の稼働命令で是正しないのが原則です。
チーム構造と責任:一本化された窓口とRACI
線引きを現実に機能させるには、組織と役割の設計が不可欠です。受託側にはデリバリーリードを置き、要求の取りまとめとスコープ管理、品質保証、メンバーのアサインと作業設計を一手に担ってもらいます。発注側のプロダクトオーナーは、ビジネス優先順位の判断と受入れの責任を負い、日々の作業指示は行いません。決定と説明責任の分解をRACI(Responsible/Accountable/Consulted/Informed)で明文化し、キックオフ時に両者のチームへ説明します。窓口を一本化し、作業設計の責任を受託側に置くことが、偽装請負リスクの抑止力になります。
ツールと権限:設定が“実態”をつくる
実務で最も効くのは、権限設計です。チケットシステムでは、要求の起票と受入れは発注側ができる一方で、タスクへの分解、担当者の割当、期日の設定は受託側のみが行えるようにします。ソースコード管理では、マージの責任を受託側に置き、発注側はレビューと受入れ条件の観点でコメントするにとどめます。SlackやTeamsでは、仕様・受入れ・リリースの合意はオープンチャンネルで行い、DMでの作業依頼はしないことを定例で繰り返し確認します。監査時には、これらの設定とログが“実態”の証拠として機能します。
グレーを管理する:教育、監査、是正の運用サイクル
理想設計だけでは現場は動きません。推奨されるのは、教育・監査・是正の90日サイクルです。初月は、契約と運用の原則をまとめた8〜12ページのプレイブックを作り、キックオフと全体勉強会で読み合わせます。二つ目の月は、Slack・Jira・GitHubの実運用ログを週次でサンプリングし、個別指示や権限逸脱の痕跡がないかを確認します。見つかった場合は、なぜその経路が選ばれたのか、スループットを落とさずにルールを守るにはどのプロセスが足りなかったかをチームで振り返ります。三つ目の月は、変更管理・受入れ・エスカレーションの定例リズムを安定させ、メトリクスを決めます。例えば、仕様変更の影響分析提出までのリードタイム、受入れ一発合格率、DMでの依頼件数ゼロ達成週の割合、といった指標です。“守りの運用”を数値化し、可視化することで、開発のスピードとコンプライアンスは両立できます。
なお、直接指示が常態化すると手戻りが増えやすいのは多くの現場で共通です。プレイブックで役割と合意プロセスを再定義し、Jira等の権限を見直すだけでも、受入れの合格率やコミュニケーションの健全性が改善に向かうケースは少なくありません。技術的な優秀さだけでなく、ルールの一貫性が成果を押し上げることを実感するはずです。
隣接リスクへの目配り:二重派遣、共同利用、リモート常駐
偽装請負と背中合わせにあるのが、二重派遣のリスクです。SESや請負の名目で一次受けが二次受けの人材をそのまま発注側に差し向け、発注側が直接指示を行う構造は、派遣の許可がない企業を経由する時点で危うくなります。契約上も実務上も、指示系統と責任の流れが一次受けで完結する設計にし、二次以降は成果に対する責任と裁量がある体制で束ねる必要があります。
共同利用スペースや発注側アカウントの利用も、単体では直ちに違法とされるものではありません。ただ、“何のためのアクセスか”が説明できないと、使用者性を補強する材料に変わります。セキュアVDIや限定ロール、時間制限つきの一時的権限付与を基本に据え、アクセスは受入れや検証のための必要最低限に絞ります。常駐やフルリモートの別も決定要因ではありませんが、フルリモートではDMでの個別指示に流れやすいぶん、オープンチャンネル運用を徹底する意識がより重要になります。
まとめ:線を引く勇気が、チームを守る
偽装請負を避けることは、法令順守のためだけではありません。仕様の合意と受入れに集中し、作業設計を受託側に委ねる運用は、結果として責任の所在を明確にし、手戻りを減らし、ビジネス要求の変更にも強いチームを育てます。今日からできることとして、契約とプレイブックで原則を同じ言葉で明文化し、ツールの権限で“実態”を設計し、週次レビューで逸脱を早期に検知する仕組みを持ってください。指揮命令を“合意”に置き換えるだけで、現場の風景は変わります。
あなたの現場では、誰が“何を決め”、誰が“どうやるか”を担っていますか。次のスプリント計画までの間に、権限設定とコミュニケーションの経路を見直し、一本化された窓口と受入れのリズムを整えてみてください。きれいごとではなく、実務で効く線引きが、プロダクトと人を同時に守ります。
※本稿は一般的な情報提供であり、特定の案件に関する法律相談を目的とするものではありません。必要に応じて専門家にご相談ください。
参考文献
- 東京労働局「派遣元事業主に対する労働者派遣事業停止命令及び労働者派遣事業改善命令について」
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/newpage_227484_00004.html - 厚生労働省「労働者派遣法 第64条(罰則)」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=75001000&dataType=0 - 厚生労働省「労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000077386_00020.html - Chambers and Partners. Technology Outsourcing 2024 – Japan: Trends and Developments.
https://practiceguides.chambers.com/practice-guides/technology-outsourcing-2024/japan/trends-and-developments/O18719 - MONOLITH LAW OFFICE. SES Contract Legal Notes.
https://monolith.law/en/it/ses-contract-legal-notes