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ITコストの内訳分析と削減優先順位の決め方

高田晃太郎
ITコストの内訳分析と削減優先順位の決め方

**複数の調査で、企業のクラウド支出のうち約三割前後が有効活用されていないと指摘されています。**¹ さらに、近年のレポート群では、企業が運用するSaaSの数は平均で百前後に達し、規模や業種によっては数百に及ぶことも珍しくありません。² 開発原価と販管費の境界が曖昧になりやすい現在の技術スタックでは、単なる「縮減」の号令だけでは持続的な成果は得にくいのが実情です。必要なのは、内訳の標準化と、ビジネス成果に直結する数値での優先順位付けです。CTOやエンジニアリングリーダーの視点では、前提が整っている組織ほど同じ打ち手でも立ち上がりが速いという傾向が一般に見られます。そこで本稿では、内訳分析の型、成果指標での並べ替え、意思決定フレーム、そして九十日で結果を出すロードマップまでを、現場で使える粒度で整理します。

内訳の標準モデルを持つ

最初に問うべきは、支出の粒度と分類の一貫性です。クラウドのIaaS(仮想サーバなどの基盤)とPaaS(マネージドな実行基盤)、SaaSのサブスクリプション、開発運用の人件費、外部委託とベンダー費用、オンプレの減価償却と保守、通信やCDN(コンテンツ配信ネットワーク)、セキュリティと監視といった主要カテゴリを、変動費と固定費、直接費と間接費の軸で重ねて定義します。ここでの精度は完璧でなくて構いませんが、月次で同じ定義が再現されることが重要です。繰り返し比較できる土台がなければ、施策の効果検証ができず、やがて組織は手を止めます。

クラウドでは、アカウント構成とタグ設計が自動分類の成否を大きく左右します。³ 事業、プロダクト、環境、コンポーネント、責任者の五つのキーを基本に据え、予約系の割引(例:Reserved Instances/Savings PlansやCUD)や共通基盤の費用は配賦ルールに切り分けます。⁴ 未タグの費用は、アカウント紐付けや名前規則、リソースの関連から補完し、翌月のタグ欠落率を下げる仕組み変更までをセットで回します。目安として、初月に支出の八割程度を自動分類できれば、以後の改善ループが回り始めます。

データソースを統合し、月次クローズを確立する

データは分散したままでは使えません。AWSならCUR(Cost and Usage Report)、AzureならCost Managementのエクスポート、GCPならBilling Exportを、同一スキーマに正規化します。⁵⁶ SaaSは請求CSVと管理者API、SSOの監査ログを突合して実利用を把握し、人件費はHRシステムと工数実績、あるいは近似配賦の係数でプロダクト別に割り付けます。こうして支出明細をプロダクトと環境にひも付けたうえで、当月見込みと翌月予測、前月差分とドライバーを同じビューで確認できるダッシュボードを作ります。未タグ比率、コミットメント割引の適用率、トップの増加要因といったメタ指標も同居させると、意思決定までの会話が早くなります。

配賦は単純で透明にし、ビジネスKPIへ橋渡しする

共通基盤やセキュリティの費用は、分解できるところまでは直接費として切り出し、残りは単純な配賦で十分です。計算式が複雑になるほど運用が破綻します。API呼び出し数やCPU時間、ストレージ使用量、ユーザー数といった実測のドライバーに基づき、四半期に一度だけ見直す運用にします。そして技術支出を、受注件数やアクティブユーザー、API百万回あたりの単価といったビジネスKPIに結びつけてユニットコスト(単位あたりの費用)を定義します。⁷⁸ 例えば注文一件あたりの費用が四百円で、そのうちクラウドが二百四十円、SaaSが八十円、運用人件費が八十円という形で可視化できれば、施策の優先順位は一段クリアになります。

関連する基礎は別稿の解説も併せて参照してください。タグ設計と権限分離の基本、クラウドの長期割引、SaaSの棚卸しは整理しています。

成果数値で並べ替える

支出圧縮の優先順位は、金額の大きさだけでは決まりません。実行容易性、運用リスク、効果の大きさを同じ土俵に置くために、節約額を四半期換算した値を工数で割る生産性指標を起点にします。すなわち、三カ月分の節約額を必要なエンジニア週数で割った値を改善の効率とみなし、これが高い順に並べます。さらにSLO(Service Level Objective)やレイテンシ、法規制の制約を係数として掛け合わせ、リスクの重い施策は相対的に順位を下げます。十二週で投資回収できること、月五十万円以上の恒常的な効果が見込めることなど、組織の条件に合わせてスクリーニングの閾値を事前に合意しておくと、合議がスムーズになります。

短期で成果が立ち上がりやすいのは、利用率の低いリソースの権限内での見直しや、料金プランの最適化、時間帯停止のスケジューリング、未使用サブスクリプションの解約といった領域です。仮想マシンやコンテナのサイズ調整は、実績ベースの閾値で実施すればパフォーマンスの影響を最小化できます。長期契約の割引は、対象とするベースラインの選定とカバレッジの設計が鍵で、三六カ月の深い割引を狙うのではなく、十二カ月程度で対象を広げ、計算資源のタイプ混合度やシーズナリティに合わせて段階的に適用すると、柔軟性と効果のバランスが取りやすくなります。保存容量はアクセス頻度をもとに階層化し、レプリケーションやスナップショットの保有期間を見直し、CDNはキャッシュヒット率とTTLの最適化で外部への転送量を抑えます。SaaSはシートの実利用率と権限の適正化、重複する用途の統合、部門払いの可視化が効きます。

期待できる効果の相場感も、意思決定のために数値で持っておくと便利です。権限内のリサイズとスケジューリングで一〇から三〇パーセント、コミットメント割引の適用で対象支出に対して二〇から四〇パーセント、ストレージ階層化はデータの特性次第で一〇から五〇パーセント、未使用SaaSの棚卸しは契約全体で一〇から二〇パーセントの圧縮が見込めるというレンジが、公開資料や現場事例で一般的に語られます(実際の数値は組織の成熟度やワークロード特性に依存します)。ただし、これらはあくまで打ち手ごとのレンジであり、ユニットコストにどう効くかを常に確かめる姿勢が必要です。注文一件あたりの負担が十分に下がらない打ち手は、売上成長とともに再び比率が悪化する可能性があります。

ケース:モバイル事業のKubernetes基盤最適化

一例として、モバイル向けサービスでKubernetesのノードプール構成を見直し、オートスケーリングの閾値とリクエスト/リミットの整合性を取りながら、対象ノードの長期割引を段階導入するパターンがあります。これにより、ノード時間の過半を割引対象にカバーし、月額換算で大きな恒常効果を得られるケースがあります。必要工数はSREとアプリ側の共同で数週間程度に収まることが多く、週次リリースのSLOに影響を与えないことをメトリクスで確認しながら進めます。ユニットコストはAPI百万回あたりで一割前後改善することもあり、機能開発の速度を落とさずに粗利率の改善に寄与しやすい手筋です(効果はワークロードにより変動します)。

意思決定のフレームを固定化する

優先順位は場当たり的に決めず、スコアリングで透明化します。節約額の四半期換算を、見積もり工数のエンジニア週で割った指標を改善効率とおき、これに運用リスク係数を掛けます。例えば改善効率が三〇でリスク係数が〇・七の施策と、改善効率が二〇でリスク係数が一の施策は、前者の優先度が高いという整理です。ここにユニットコスト改善への寄与度を加点要素として重み付けすると、ビジネス成果に近い順序になります。合議体はプロダクト、SRE/プラットフォーム、ファイナンスの三者で構成し、月次でバックログを見直します。意思決定の履歴と前提条件は必ず記録し、次回の仮説検証に生かします。

ダッシュボードの要件もここで言語化します。全社合計の月次ランレートと予測、前月差とその要因、ユニットコストの推移、コミットメント割引のカバレッジと実効単価、未タグ費用比率、支出上位のサービスやSaaS、変動の大きい領域といった観点を、一つの俯瞰ビューから深掘りまで連続的に辿れるようにします。技術的には、請求明細のファクトテーブルとタグや配賦のディメンションテーブルを分離し、配賦ロジックをバージョン管理すると、定義変更の影響をトレースできます。ガバナンスとしては、変更申請が必要な領域と、各チームの裁量で即時に打てる領域をあらかじめ区切り、速い意思決定と統制を両立させます。

予算と予測の接続で、継続的な自走にする

圧縮は単発ではなく、予算編成と月次見通しに組み込んで初めて持続します。トップダウンの目標とボトムアップの予測を突き合わせ、差分をどの施策で埋めるかを四半期ごとに更新します。コミットメント割引は執行計画とひも付けてロードマップ化し、SaaSは新規導入の稟議段階で重複とユースケースの整合性をチェックします。プロダクトの投資配分にもユニットコストを反映させ、粗利率に直結する改善は優先順位の上位に置きます。こうした運用は、予算や予測の基本設計を理解しているファイナンスと、負荷プロファイルを知るエンジニアリングの協働なしには実現しません。仕組みが軌道に乗ると、毎月の改善が自然と積み上がっていきます。

90日で結果を出すロードマップ

短期間で意味のある効果を出すには、序盤で計測の土台を作り、すぐに着手可能な領域から現金効果を積み上げ、中盤で割引やライセンスの構造的な改善に踏み込み、終盤で来期につながるアーキテクチャ改善の下ごしらえまでを一気通貫で進めます。最初の三十日間はタグとアカウント、SaaSの在庫、配賦ルールの暫定版を整え、月次クローズとダッシュボードを最低限の形で立ち上げます。この段階で未タグ費用の比率を二割以下に抑えられると、以後の精度が担保されます。次の三十日間は、リサイズとスケジューリング、未使用SaaSの停止、ストレージ階層化、CDNの設定最適化といった領域に連続して手を打ち、同時にコミットメント割引の対象範囲とカバレッジの方針を固めます。最後の三十日間で長期割引を実行し、SaaSの契約更改に合わせてプランを見直し、ユニットコストに効くボトルネックのアーキテクチャ改善の設計に着手します。

この九十日間の通期で、一〇から二〇パーセントの支出圧縮を現実的な目標としつつ、翌四半期以降も三から五パーセントの継続改善を積み重ねる見通しを示せると、経営の信頼を得やすくなります(いずれも一般的な目安であり、環境や季節性により変動します)。もちろん、数値は組織の成熟度とビジネスの季節性に左右されますが、ユニットコストで語る文化を根付かせることができれば、施策の善し悪しは自然とデータで評価され、優先順位は迷いにくくなります。重要なのは、コスト論を開発速度やSLO、セキュリティと衝突させないことです。圧縮の定義をあくまで価値の最大化の一部として捉え、チームの成果を損なわないラインを決めてから着手する姿勢が、結局は最短距離になります。

成果の可視化とコミュニケーション

最後に、成果の伝え方が次の投資の可否を左右します。節約額の絶対値だけでなく、ユニットコストの改善、カバレッジや未タグ比率の改善、施策あたりの工数効率を、四半期レビューで一枚にまとめて提示します。数字は必ず再現可能な形で残し、次の仮説に接続します。成功した打ち手は手順化して各チームに展開し、うまくいかなかった仮説は前提のどこが外れていたのかを共有します。こうした地味な積み重ねが、翌期の数パーセントを確実なものにします。

まとめ:圧縮は文化と設計で持続する

支出を下げること自体は難しくありませんが、事業の価値を傷つけずに続けることは容易ではありません。標準化された内訳、ビジネスKPIに結びついたユニットコスト、透明なスコアリング、そして九十日のロードマップが揃えば、圧縮は一過性ではなく運用になります。まずは今月のデータから、未タグの解消とユニットコストの定義に着手してみてください。次に、三カ月で回収できる施策を三つだけ選び、ダッシュボードに成果を刻んでいきましょう。あなたの組織にとっての最重要な一件は何か、そしてそれがどの数値を良くするのかを問い直すことから、持続する改善は始まります。

参考文献

  1. ZDNet Japan. クラウドコストの上昇で注目高まる「FinOps」. https://japan.zdnet.com/article/35185325/#:~:text=%E3%81%A6%E5%A4%9A%E9%A1%8D%E3%81%AE%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%89%E6%94%AF%E5%87%BA%E3%82%92%E7%84%A1%E9%A7%84%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%80%81%E4%BC%81%E6%A5%AD%E5%B9%B9%E9%83%A8%E3%81%AE66%EF%BC%85%E3%81%AF%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%89%E5%88%A9%E7%94%A8%E3%81%8C%E3%80%8C%E4%BB%8A%E5%B9%B4%E5%BD%93%E5%88%9D%E3%81%AE%E8%A8%88%E7%94%BB%E3%82%88%E3%82%8A%E5%A4%9A%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%80%8D%E3%81%A8%E5%9B%9E%E7%AD%94%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%80%82%E3%81%BE%E3%81%9F%E3%80%81%E5%9B%9E%E7%AD%94%E8%80%85%E3%82%89%E3%81%AF%E3%81%9D%E3%81%86%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%84%A1%E9%A7%84%E3%81%8C%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%20%E3%83%89%E6%94%AF%E5%87%BA%E3%81%AE32%EF%BC%85%E3%81%AB%E9%81%94%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%A8%E6%8E%A8%E5%AE%9A%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%80%81%E3%81%93%E3%81%AE%E5%80%A4%E3%81%AF2021%E5%B9%B4%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%81%A7%E3%81%AE30%EF%BC%85%E3%81%8B%E3%82%89%E5%A2%97%E5%8A%A0%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82
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